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代償の痛み 13
痛みよりも、焼かれるような熱を感じていた。
「ふっ、あ、や、らぁ……」
月明かりだけの薄暗い寝室で、ニールは異様な感覚に戦く。
戦場では帝国の英雄ともてはやされ、死神として怖れられた男が、広いベッドの上で男を前に大きく足を広げている。
無様すぎる、痴態だった。
「初めてにしちゃあ、ちゃんと飲み込んでるじゃないか」
苦しげに擦れるエフレムの声に、ニールは嫌々と首を振った。
「う、あっ、くるしぃ……から、ぬけぇ」
信じがたい感覚をやり過ごそうと歯を食いしばったニールは、エフレムの怒張をもぎゅうっと内壁で締め付け、引きつった悲鳴を上げた。
「あっ、あぁ、はっ……やら、やらぁ、こんらの、嘘ら」
どんなに否定しても、下肢を埋め尽くす圧迫感は消えない。
ニールは犬のように大きく口を開けて息を継ぎ、逃げ場を求めてシーツをたぐり寄せる。早く終われと願うしか術がないなんて、最悪だった。
「恥ずかしがるなよ、ニール。嫌だ嫌と駄々をこねてないで、楽しんでみろよ。……それとも、しょぼくれた中年男の逸物は、お気に召さないか?」
呼吸のたびに震えるニールの後孔に、浅く自身を埋めたまま、エフレムは羞恥に赤く染まってゆく白い肌を見下ろしていた。
「……も、やめれ。い、入れるのやらぁ」
ぎし、とベッドが軋んだ。
懇願が聞き入れられたのか? ニールは口腔に溜まった唾液をごくっと音を立てて飲み込んで、閉じていた瞼を恐る恐る持ち上げた。
女のような見目をしているならともかく、人生の大半を戦場で駆け抜けてきた男だ。鋼のように硬くしなやかな筋肉の付いた体は、抱き心地が良いとは思えない。
「そんなに、嫌か?」
問いかけてくるエフレムを見上げ、ニールは子供のように何度も何度も頷いた。
酔った勢いでの、度が過ぎた悪戯であってほしい。馬鹿げた遊びは、早々に終わりにするべきだ。
「ちがうのなら……いい、から」
体を犯した罪を許すつもりはないが、屈辱を晴らそうと憤る力は残念ながら残っていない。
止めてくれるのなら、何でもする。口から出てきた言葉の弱々しさに気付いて、ニールは悔しさと羞恥心に頬を染めた。
「覚悟、していたんじゃなかったのか?」
意地の悪い笑い声に、ニールは呆然とエフレムを見上げた。
何に対しても興味なさそうに沈んでいた青灰色の瞳が、欲情に濡れて恐ろしい輝きを放っている。
逃げられない。
本能的に危険を察知して引いた腰をぐっと掴まれ、さらに深く熱を飲み込まされた。
「あっ……あ、うあっ、や――」
硬い先端で内壁が擦られるたび、反った背中がびくびくと震える。
慣れていない体は異物を吐き出そうとして、エフレムの剛直をぎゅうぎゅうと締め付けた。
「やあっ、あっ……ん、ふ」
わかりたくなんてない他人の熱と形に、悲鳴のような嬌声が漏れる。声を押し殺す余裕すら、なくなっていた。
ぎしぎしとベッドが揺れるたび、柔らかい内壁が容赦なく引っかき回される。指で慣らされていたとはいえ、太さは比べものにもならない。
嘔吐きそうになるほど嫌悪感が強くて、快感を拾うなんて無理だ。精を放ったまま萎えたものはいっそ憐れで、ニールは涙でをぽろぽろ流した。
「このままでも出せるが……嫌だ嫌だと言われっぱなしってのも気にくわねぇな。俺がお前くらいの頃は、一緒に寝たいって奴らが列をつくって待つほどの売れっ子だったんだぞ」
「んっ、なに……?」
湿り気を帯び始めた内壁を、エフレムは我が物顔で容赦なく蹂躙しながら、萎えたニールの中心に指を絡めた。
「や、はぁ……そ、それ、だめ」
振り払おうと右手を浮かすが、体は覚えてしまった快感にあっけなく流される。
「食わず嫌いは、損をするってやつだ」
「あ、あんた……が、いうなぁ」
間の抜けた返答に、エフレムは一瞬目を丸くして――声を上げて笑った。
「そりゃあ、そうだ。なら、別の取引でもするか? お前が俺を味わえるようになったら、ちゃんと野菜を食べてやる」
「な、んだよぉ……そ、れ。んっ、んんッ」
肉食のエフレムが嫌々野菜を食べたところで、いい気味だとは思えど、利益は一切ない。成立しようのない取引は所詮、戯れ言の一種だ。
エフレムは緩やかに腰を動かしながら、つんと赤く勃起したニールの乳首に舌を絡ませた。
わざとらしく音を立てて吸われ、煽られる羞恥心にニールはぎゅっと目を閉じた。
(……いい、なんて……嘘だ)
男に抱かれて喜びを感じるなんて、ありはしない。
ただ、体を弄られるだけだ。
つれない素振りをしていれば、すぐに飽きて別の条件を出してくるだろう。
目的の知れない男の、良くわからない経歴を舐めていたのかもしれない。
情報提供の条件に体を要求してくるなんて、低俗小説の内容そのものだ。馬鹿馬鹿しすぎて、体よく厄介者を追い払おうとしているようにしか、ニールには受け取れなかった。
まさか、本当に抱かれるとは思っても見なかった。
「んあっ、やら……も、んっ……んあっ、ひぅ」
たしかな快感をやり過ごせず、ニールは瞼を持ち上げた。
「ようやく、その気になってきたか?」
煽る台詞に、ニールはなにも答えられなかった。
見せつけるよう卑猥な舌使いで乳首を弄りながら、上目づかいで見上げてくる十七も年上の男の倒錯的な痴態に、甘い痺れが体を戦慄かせる。
形の良い指で扱かれていた中心は、いつの間にか涙を流して硬くそそり立っていた。
「ひがう……ひがう、からぁ」
唇を噛みしめて泣きじゃくるニールに、エフレムは上体を軽く起こして、ゆっくりと息をついた。
「認めろよ、ニール。お前は男に突っ込まれて、イクようになっちまったんだってな」
嫌悪感と快感に揺れるニールの頬を撫でるエフレムの顔は、底意地の悪そうな笑い顔をしている。
……なのに、どうしてか。ニールには、泣いているようにも見えた。
「えふれ……んぅ!」
詮索を拒むよう、エフレムは激しく腰をうちつけてくる。
限界まで押し広げられた、まだ初初しい内壁があげる悲鳴を無視して、滾る欲をそのまま奥深くへと押し込んでくる暴力的な愛撫に、ニールは感じ入った悲鳴を上げる。
「あっ、ああッ、ひ……んっ」
激しい律動のたびにびくんびくんと背中が強張り、屹立した中心からは、先走りが押し出されるようにして零れはじめた。
「そ……んな、ふ、ぁっ! あっ」
なにが起こっているのか、なにをされているのか。
部屋は薄暗いのに脳裏はぼんやりと明るく、瞬きをするたびに星が散って、快感の証である精がシーツに零れ落ちてゆく。
なすがまま揺さぶられるしかないニールは、溺れるような未知の感覚に恐怖を感じて、エフレムの怒張を内壁で締め付けた。
「んっ、いいぞ。なんだかんだ言ってはいるが、覚えが早いじゃないか。さすが、英雄様だ」
「ひうっ、んぁっ?」
熱く濡れた二つの吐息が、キスのように深く絡み合う。
「なあ、良いんだろ?」
苦しい。
必死に押しとどめているものが、外へ出せと暴れている。だめだと、それだけは駄目だと意地を張るが、さすがにもう……限界だった。
「ぃい、きもひ……いい」
どくんと、中で大きな塊がさらに堅さを増した。
「馬鹿野郎、が」
汗で額に張り付いた前髪を優しく払われ、ニールはぼんやりと視線を宙に投げた。
夢を見ているみたいだ。
高熱にうなされていた、幼少の頃に似ている。
(……さ、ん)
激しく揺さぶられ、快感に声を上げながら、ニールは両手をエフレムの背中に回してぎゅっとしがみついた。
温かい、人肌の感触。
伝わってくる、鼓動にほっと息をつく。
一人、死の淵を彷徨っていたあの時は側に誰もいてくれなかった。必死に祈っても、手を握ってくれる人すら現れてはくれなかった。
「ん、ふぁ……んっ、あっ、あ……も、もっと……そば、にぃ」
もう逃がすまいと、力尽くでニールはエフレムを胸に抱き寄せた。
「……くそっ」
短い舌打ちが聞こえた直後、体の奥深くで弾ける熱に夢うつつにふらついていた意識を焼かれながら、ニールも二度目の精を放って……果てた。
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