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代償の痛み 14

 やってしまった。  窓から射し込んでくる早朝の清々しい日差しとは裏腹に、エフレムの胸中は複雑だった。  酔っていたのだ。  言い訳をするならば、ガラにもなく泥酔していた。顔にはでていなかったろうが、確かに酔っていた。  気持ちが良いくらいに食べて、飲んで騒ぐ若者が一緒にいて、素面のままでいられるわけがなかった。  エフレムはとりあえず、そっとベッドからおりた。  深酒のおかげが、初めて男を受け入れた疲労からか、ニールは目覚めない。  すっきりとした寝顔に見えるのは、僅かな罪悪感が言い訳を必死になって探しているせいだろうか。 「……やっちまった」  改めて、呟く。  反応を示していたとはいえ、無理やりには違いない。ニールがまともに動けないほど酔っていなかったら、殺されていただろうか。  脱いで放り投げたシャツを羽織って、ポケットを探る。銀色のシガレットケースをあけてはみたが、匂いで目を覚まされると気まずい。  結局、ケースをポケットに戻して、エフレムは寝息をたてるニールを見下ろした。  無防備な寝顔は、本当に子供のようだ。  戦場で血を浴びて生きているようには、とても思えない。 「……アマリエ」  柔らかい日差しにきらきら輝く銀髪に、遠い昔に捨てざるを得なかった感情を呼び起こされる。  エフレムは床に膝をつき、眠るニールに手を伸ばす。ためらいかちにそっと触れ、見た目よりも柔らかい髪を指に絡める。  なにもかもを捨てたと思っていても、結局は何一つ割りきれていないのだ。 「これが、運命ってやつなのかね」  柔らかい頬を軽くなでて、エフレムは床に散らばる服を拾い集めた。 ◇◆◇◆  ひさびさの、深い眠りだった。  寝覚めは良いはずなのに、今日ばかりはうつらうつらとして、なかなか思考が晴れない。  昨晩は、何をしていたんだか。  ぼんやりとした脳は、意図のない問いに大きな食卓に並べられたご馳走の数々を再生させた。  幸いなことに、戦場でも王都でもニールは食にこまるような状況にはなかったが、手料理を振る舞われるような機会は欠いていた。  エフレムは残り物と言ったが、普段、日常で食べるものとは違った特別な感じのする品は、自分のために用意されたような気分にさせた。  養父と祝った誕生日に感じていた高揚感を思い起こさせて、羽目を外しすぎたのだろう。 (……あ、ありえねぇ)  目が覚めるにつれ、強くなっていく違和感に、ニールは震えた。 (ありえねぇ、だろ)  呆然と、天井を見上げる。  広いベッドにはニールしかいないが、昨晩の情事は夢だったのだとしらをきるにはあまりにも名残が濃すぎる。  仰向けに寝そべったまま、ニールはシーツをぎゅっと握りしめた。  腹が、痛い。  腹痛とは明らかに違う、生々しい痛みに悲鳴があがりそうになる。  中に注がれた粘ついたあの感触はないものの、無理やり広げられた事実は痛みとなって体に残っている。 (……やっちまった)  訳も分からず、抱かれてしまった。  中に出され、自分も達し……気を失って今に至る。  悲鳴どころか、声もあげられない。  硬直したまま、ニールは周囲を見回した。  エフレムの姿はないが、枕元におかれた椅子にはボウルと布があった。体をふかれたのだろうか。  生理的な不快感はないが、感謝の気持ちは残念ながら湧いてこなかった。  むしろ、体を拭われても気づかないほど深く寝入っていた自分に苛立ちさえ覚える。 「なんだ、目が覚めたか」 「……ひぅえっ!」  飛び起きようとして、腰の鈍痛に悲鳴があがる。  剣で斬られようと、骨を折ろうと脱臼しようと、悲鳴のひとつも上げた覚えはないのに。  滲み出る涙に悔しくて、ニールは唇を噛んで、エフレムに背を向けた。 「なんだよ!」  痛みを誤魔化すよう叫べば、ため息が返される。  馬鹿にしたものではなく、困ったなとでも言いたげな様子に、カッとなる。  できるのなら、今すぐベッドから飛び出して全力で殴りに行きたいが、体は痛いし服も着ていない。  シーツにくるまって、逃げるしかできなかった。帝国の英雄と言われる男が、だ。 (情けねぇ、なんだってんだよ)  怒り、羞恥、様々な感情が混ざり合って、訳も分からず体が火照る。なまじ、感じていたのが苦痛だけでなかったからたちが悪い。 「ダイニングに、食べるものを用意してある」  エフレムは寝室に入ってこようとはせず、からかうようなことばもなく言った。 「起き上がれるようになって、腹が減ったら食べろ。俺はちょいと、ひとと会ってくる。帰るなら玄関に鍵をかけるだけでいい、合い鍵は食事と一緒においてある」  ニールが口を挟むまもなく言い切って、ぱたん、とドアが閉められた。  去っていく足音が聞こえなくなるまで、ニールはシーツの中で丸まっていた。  情報が欲しくて近づき、体を許したのは自分からだ。  犯されたところで、どうということはないと思っていた。  少しばかり覚めた頭を抱え、ニールは声を殺して呻いた。  悔しいし、酔った自分を好きにされた怒りもある。  だが、それ以上に快感に喘いだ自分が気恥ずかしくて狂いそうだった。 「いっそ、馬鹿にしてくれよ」  気遣いも、反省の言葉も逆にいたたまれなくなってくる。  ニールはぎゅっと、自分を抱きしめた。  人肌に温められたシーツにくるまっていると、抱きしめられているような気分になってくる。  激しく奥を貫かれながらも拒みきれなかったのは、人の腕に抱かれているのが気持ちよかったせいだろう。    

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