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男の名残 14

   時間を掛けて慣らされたとはいえ、心は体ほど柔順ではなく、奥へと潜り込んでくる指をいまだに拒絶している。  ダメだ。  ニールは唇を噛んで首を振るが、エフレムは知ったものかと容赦なく指を進めてくる。 「んっ……あう、ぐっ」 「苦しいか?」  心配しているのか、笑っているのか。エフレムの問いに、ニールは当たり前だと頷いた。今すぐ抜いてくれたら、無体を許したって良い。そう思うほどには、参っている。   いつもは甘い匂いのする潤滑剤が、どうしようもない違和感を軽減させてくれていたが、今はなにもない。  強いて言うならば、己が流した精液が気休め程度に入り口を湿らせてはいるが、後孔を広げられる違和感を払拭するには心許ない。  数日前の情事によって熟れた入り口に引っかかる指の感触が生々しすぎて、ニールは押しのけようと伸ばした手をエフレムの背中に回し、滑らかなシャツを引っつかんだ。 「ぃやだ、も……ぬけ、よぉ」  体内で蠢く指の感触を散らそうと、はっ、はっと短く呼吸を繰り返す。  強ばった体も相まって軽い酸欠状態に陥りながら、ニールはエフレムに縋り付いた。シャツを破く勢いで、爪を立てる。  指での愛撫は、前座だ。意地の悪い悪戯でないと知った今、ぼんやりと与えられる快感に身を委ねてはいられない。 「もう、ほしいのか?」 「えっ? うっ……ん、ぐっ」  内壁を擦りながら出て行く指に、抑えきれなかった嬌声が上がる。 「……あ、ふぁっ」  心ほど快楽を否定しきれない体は、抜け出てゆく指を引き留めるよう、快感の名残に内股がびくびくと痙攣した。  エフレムの背中に食い込む指先は、拒絶なのか懇願なのか。  ニールにも、良くわからない。止めて欲しいと確かに思っているが、覚えたばかりの快楽に体はどっぷりと嵌まっているようで、まったく制御が効かないでいる。 「嫌だって言うなら、もうすこしそういった顔をしろ」 「し、してるっ」 「へぇ? 鏡をもってきてやろうか?」 小首を傾げるエフレムの青灰色に煙る瞳に映り込んだ顔を見て、ニールはなにも言い返せず、呻いた。  自分でもあんまりだと思えるほど、だらしない表情をしていた。  笑われたとて、怒るに怒れない。目は潤んで気怠く腫れあがり、上気した肌は虫を誘う花のように、鮮やかに色付いていた。  誘っていないと主張したところで、一蹴されるだろう。  反論すればやぶ蛇になりそうで、押し黙るニールにエフレムは溜息を零した。 「そう、硬くなるな」 「こ、こんな……平気でいられるわけ、ないだろ」 「頑なであるのは、若さの特権だな。面倒臭いが、嫌いじゃあない」  汗の滲む鎖骨の窪みに舌を這わすエフレムに、ニールは抵抗するようシャツを引っ張った。が、ささやかな抵抗は効果を見せず、かえって性欲を煽ったようだった。  ニールの腕から逃れるように下にずり下がったエフレムは、硬く痼った乳首を含み、舌先で突くように愛撫した。 「ん、あっ、あっ!」  快感に煽られ浮きあがった腰に腕をねじ込んできたエフレムに、もっと胸を突き出すよう抱きかかえられる。  二人分の体重を支える憐れなソファは、ニールの快感を代弁するようぎしぎしと甲高い悲鳴を上げた。 「すっかり、感じやすくなっちまったな」  ちゅく、っとわざとらしく音を立てて吸われ、ソファの背に掛けられた足がびくんと跳ね上がる。  認めたくはないが、気持ちが良い。首を振って、形ばかりの否定を見せてはみるが、ニールは感じ入った吐息を零して喘いだ。  胸をまさぐる肌と舌の暖かさは、不安な胸中を誤魔化すには丁度良く、ニールはエフレムに与えられるまま、素直に快感を受け止めた。 「お、おれの……せいじゃ、なひっ、ひっ……んっ」  胸で、乳首で喘ぐようになったなんてシャオが知ったらどう思うだろう。  迂闊だと叱るか、馬鹿者と呆れるだろうか。  狭いソファの上でじりじりと這うようにして体を貪ってくるエフレムの体温は暖かく、ニールの肌にじんわりと染みこんでくる。 「ん、あっ……えふ、れむ」  子供がじゃれるような、愛撫とも悪戯ともつかない緩やかな刺激に浸りながら、ニールは目尻に溜まった涙をこぼした。  曝された白い肌の全てに色をつけるよう、あちこちに落とされる唇を追い掛け伸ばした右手に、長い指が絡まる。  力強く握られ、自然とニールも同じようにエフレムの手を握り返した。  誰かと手を繋いだのは、いつぶりだろう。  大人になって、心寂しさに体を重ねることはあっても、手を繋ぐような相手はいなかった。  思い出そうと思考を巡らせば、記憶はユーリと過ごした幼少の頃にまでさかのぼる。 (……いや、ちがう)  ユーリと手を繋いでこの屋敷にやってくるより前、誰かと手を重ねた記憶はない。唯一人、側にいてくれた兄でさえ積極的に触れてこようとはしなかった。  目に見えないが、確かな壁は温度としてニールの前に常に立ちはだかっていた。  孤独は寒さとなって、幼い心を凍えさせていた。  ――触れてほしかった。  言葉なんていらなかった。  愛してると言われたところで、凍えていては素直に受け止められるわけもない。 「ん、ふっ……あっ、あっ、んんっ」  首筋を這う舌にぞくぞくと感じ入って腰を浮かせたニールは、硬く熱いモノに下肢を擦り上げられ、さらにのけぞり、声を上げた。 「……ん、まだ、我慢しろ」 「が、まん?」  こめかみに汗を滲ませたエフレムの目の色に、ニールは息を呑む。  ついさっきまで死人のような顔をしていたエフレムは、唾液に唇を赤々と湿らせ、ニールを組みしだき、性欲をむき出しにして無防備な体を貪っている。  赤く腫れた乳首に舌を絡める姿を目にするだけで、背徳感に煽られ、快感が増すような気さえする。  男同士なんて、些細な問題とさえ思えてくるほど感覚が麻痺しだしていた。エフレムの手によって容赦なく引きずり出されてゆく快楽は、抗いがたい魅力に満ちている。  もっとよこせと抱きしめてくる腕に、ニールは溺れるほどの切なさを覚える。名前の付かない感情があふれ出し、涙となって零れ落ちる。  ずっと、欲しくてやまなかった人の体温。  頭を撫でてくれる大きな手は、ユーリを思い起こさせる。  強引だが、急くわけでもなくゆっくりと快感を高めてゆくエフレムの愛撫に、ニールはただ翻弄されるしかなかった。  立ち向かうには、あまりにも欲しかったものが多すぎた。 「あ、ひぃ、あっ、あっ、だめ……だっ」  白い喉をのけぞらせ喘ぐニールは、硬く立ち上がった男根に絡む、エフレムの綺麗で長い指を見て目眩を覚えた。  吐きだした先走りを掬いとりニールの男根を扱くエフレムのモノも、目を覆いたくなるほど大きく成長していた。  灯りの中で改めて見たモノに、ニールはごくっと喉を鳴らした。  あんなものが、本当に自分の中に入ったのか。  想像すると、内壁がきゅんと収縮した。まるで挿入を望んでいるかのような己の反応に、ニールは戸惑う。  動揺を見て取ったか、エフレムは双方の先走りに白く汚れた指でぱくぱくと喘ぐニールの後孔をなぞった。 「あ、あっ――!」  足を大きく開き嬌声を上げた。射精一歩手前の、目の眩む快感に理性の切れる音が聞こえたような気がした。  もう、否定は意味を成さない。  体はさらなる快感を求めていた。

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