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男の名残 15
当然とばかりに入り込んでくる指に、ニールは背中をのけぞらせ、大きく喘いだ。
広げられる痛みと違和感が全くないわけではないが、圧倒的に支配していたのは、悔しいが快感だった。
目もくらむとは言い当て妙で、薪ストーブのオレンジ色の光が視界の端で虹色に滲んで見える。
感触は全て生々しいのに、まるで現実味がなかった。
「すんなり、飲み込みやがって」
「だ、だめっ! んあっ、あっ」
先走りを塗り込むように、二本の指が後孔を再び擦った。
逃げようと腰を浮かすが、かえって誘うような格好になり、無意識の痴態に中てられたか、エフレムの喉が鳴った。
「んっ、ぐぅ」
ぬちっと、粘液が擦れあう。
気遣うのではなく煽るようにゆっくりと侵入してくる指がもたらす圧迫感を、ニールは大きく息をついてやり過ごす。
どうして、こんな場所で快感を覚えるのか。
――覚えてしまったのか。
拭う間もなくこぼれ落ちる涙に、恥ずかしさと悔しさがない交ぜになって溶けていった。
「こんな、意味なんて……ないっ、だろ」
明確な意志を持って抜き差しされる指にぶるっと震え、ニールは最期の抵抗とエフレムを睨みつけた。
認めようと認めなくとも、体は与えられる快楽で悦に入っている。
心だけかたくなに自分の意思を守ろうと躍起になっているが、見下ろしてくるエフレムの顔を仰げば、ふらっと流されてしまいそうだった。
(ふざけんなよ、泣いてるのは……泣きたいのはこっちだ)
炎の色を宿してゆらゆらと揺れる青灰色の瞳は、人を馬鹿にするでも遠ざけるでもなく、ただ静かに目の前にあった。
下肢を弄る指の激しさからはほどとおい、冬の湖面のような表情だ。
なのに、冷たさは感じない。
ぞっとするような熱は、相変わらずニールの初な体を焦がしている。
どうすればいいのか、わからない。
手を振り払って逃げられたらいいのだが、体はすでに屈服していた。逃げられない。
「意味はない、か」
ふ、とエフレムは口元を緩めた。
「そうさな、俺たちは恋人じゃあない。けどな、愛し合っていなくても、寂しければ、人は人を抱きたくなるもんだ」
握った手をほどき、エフレムは激しく上下するニールの胸に掌を置いた。
どくどくと、喉が詰まりそうなほどに激しい鼓動を聞かれているようで、気恥ずかしい。
「オレはあんたを……慰める、つもりなんてっ……いっ」
赤く凝った乳首を捏ねられ、嬌声が上がる。
あからさまな反応を、エフレムはわざとらしい声で笑った。
「言ってみたが、正直なところ、俺にもよくわからん」
ぎし、とソファーが軋む。
心地よいブランデーの香りがふわりと鼻先をかすめ、湿った唇が臍まわりの肌を啄む。
まるで恋人がするように、ひとつひとつ、白い肌に赤い跡を残していく。
「あっ? ……ひ……ふ、あっ、ああっ!」
悪戯のような緩い愛撫に悶えていたニールは、不意に訪れた強すぎる快感に目を見開いた。
口の端から涎をこぼし、ガクガクと快感に震えながら、エフレムを縋り見る。
止めて欲しいと、もう耐えられないと泣きじゃくる顔を笑って、エフレムは探り出した場所を容赦なく抉った。
「ここが、お前の良いところだな?」
「あっ、ひ。やだ……これ、ぃやだ」
止めてくれ、と。ニールはエフレムの背中に両手を回してすがりついた。
「だめら、へんになる……からぁ!」
大きすぎる快感に理性を飛ばし、ニールはぎゅうっと内壁をいじるエフレムの指を締め付けた。
「ん、んう!」
止められない快楽に、膝が震える。
すでに勃起していた先端から、粘ついた先走りがどっと溢れ出す。
「あ……ふぁ……んっ」
もう少しで達する。快楽にながされるまま目を閉じかけたニールだが、見計らったように抜け出ていく指に、目尻に溜まった涙をこぼした。
もう、まともにものを考えられない。
体は、快楽をすでに知っている。
抜け出ていった指を求めて、体の芯が疼いている。
直接触れられ、感じる体温は心地よくて……エフレムの言葉を借りるようだが、寂しさに挫けた心にはひどく優しかった。
(……あんたも?)
問いかけに応えるように、エフレムは頬に張り付いた銀の髪を払い、頬をそっと撫でた。
「容易なことでも、素直になりきれない。ろくでもない人生を、俺は歩んできた。わかっちゃいるんだが、どうにもならねぇんだ」
ぐっと腰を掴まれ、ニールは反射的に体をこわばらせた。
「いちいち、煽るんじゃねぇ」
押し殺したエフレムの声に「違う」と口を開いたニールは、慣らされた入り口に感じる質量に固まった。
「あ……」
すべてがめくれあがる錯覚に、つま先がピンと張った。
「っん……う!」
エフレムの男根は、体の中心を広げながら、貪るように快感のツボを容赦なく穿つ。
本来ならば苦しさしかないはずなのに、体ごと揺さぶられ奥を突かれるたび、押し出されるようにして精子が先端から吐き出されてゆく。
射精と前立腺への刺激は、ニールの理性だけでなく、エフレムの理性をも吹き飛ばした。
「あっ、ああ……ひっ、ああっ……!」
「ん、ぁあ、そうだ。もっと、締め付けろ。いいぞ、ニール」
孤独と寂しさを容易に塗り替える快楽にながされるまま、ニールとエフレムはお互いを貪りあう。
狭いソファーの上で、もつれ合うようにどちらともなく激しく腰を振る。
ぎし、とスプリングが悲鳴を上げるたび胸に大粒の汗がしたたり落ちた。
熱い。
体の奥も、肌も、どこもかしこも人の肌を感じた。
快感でめちゃくちゃにかき回されながら、ニールは溶け出してしまいそうなほどの心地よさを感じていた。腰を抱く手も、あやすように撫でてくる手も何もかもが包むように優しい。
激しすぎる突き上げや、熱に浮かされながらも瞳の奥はどこか冷ややかな隔たりも気にすらならない。
現在のニールを形作ったユーリの邸宅は、第二の生家だ。
取り壊されると聞かされて戻ってきたときに感じていた焦燥感は、薪ストーブの暖かさに押しやられ、楽しかった頃の思い出がふつふつと戻ってくる。
ニールはいくら息を継いでも苦しい胸を膨らませ、笑った。
犯されているのに、随分と余裕なものだと自嘲した。いま、感じている心地よさを思い出と同じように感じているなんて、どうかしている。
「どうした?」
肩口に顔を埋め、囁いてくるエフレムに首を振った。
「うる……さ、い。んっ、は……ぁ」
喉をそらし、ニールは抱きしめてくる腕から逃れようとするように大きく震えた。
「なんだ、いっちまったのか」
馬鹿にしてくるエフレムが顔を上げないよう、後頭部を掴んでソファーに押さえつける。
煤けた天井を見上げたまま、ニールは火照る頬を冷まそうと大きく息をつく。ぐっしょりと濡れた感覚だけは、不快だった。
「も……いい、だろ」
これ以上はいらない。
絶頂の名残に中に入ったままのエフレムを軽く締め付けながら、ニールは泣きを入れた。「いいわけ、ねぇだろうが」
力が抜けきった手は軽々と払われ、覆い被さるように体を上げたエフレムがにんまりと笑う。
思考を放棄した雄の顔に、達したばかりの体がじりじりと焦がれる。何を望んでいるのか、言われなくとも察せるほど明確に語る瞳を前にして、ニールは喉を鳴らした。
「あっ、あ――!」
頭の芯まで揺さぶられる激しい抜き差しに、体は脅え竦むでなく喜々として雄を受け止めた。
快感の中枢を擦られる喜びが、何もかもを白く塗りつぶしてゆく。
「ん、ニール」
呻き声と共に、奥深く……肌が触れあい音をたてるほど強く男根を埋めたエフレムが、熱く焦げた吐息を零し精を放った。
「ひっ、あ、あっ!」
背中に回した手でエフレムの仕立ての良いシャツを握りしめながら、ニールは熱い飛沫の全てを受け止めた。
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