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エフレム・エヴァンジェンス 5
釦が全て外されると、質の良い布の重みが枷のように体に重くまとわりついた。
光の差し込み具合によっては青色が差し込むエフレムの視線が、じっと息をのむニールを睨めつける。
「さすが、英雄様だ。よく鍛えてある」
「英雄ってのはよせ。先頭に立って、向かってくる敵を切ってるだけの……人殺しだ。テメェとだって、なんら違いはしない。単に、数が多いってだけだ」
軍服を割り、忍び込んでくるエフレムの手を睨み付ける。
振り払うついでに殴りつけたいが、ぐっと拳を握って耐えた。抵抗すれば、取引は即終了になる。仕切り直しは――ないだろう。
「近くで見ると、本当にヴァルラム皇帝陛下にそっくりだな。うっすらとだが、赤い光彩に金色も入ってる。高貴な血ってのは、何にでも勝るものなのか?」
薄い生地のインナーの隆起をなぞるよう、触れるか触れないかの微妙な加減で体をなぞられる感触に、背筋が知らず強ばってゆく。
「俺が私生児だって、知っているのかよ?」
「表立って、口に出せないけだ。情報といえないくらいは、周知の事実だ」
つまらなそうに肩をすくめたエフレムは、両手で尻を揉むように撫でてくる。馴れた手付きに合わせてびくりと反応する体は脅えているようで、ニールはぎりぎりと奥歯をかみしめる。
「ずいぶんとヴァルラム皇帝陛下にご執心みたいだが、アイツは女にしか興味がない。てめぇみたいなおっさんじゃ、そりゃあ、見向きもされないだろうなぁ」
尻を撫でていた指が、喉元へと上がってくる。
肌に食い込む指先の力は痛いほどで、喉を絞められるかと身構えたニールは、いつのまにか間近に迫っていたエフレムの顔に浮かぶ微笑に息をのむ。
「知ってるよ。あの方の女癖は、そりゃあひでぇもんだってな」
「――っん!」
服の上から乳首を引っかかれ、痛みと驚きに腰が持ち上がる。
かろうじて声は飲み込めたものの、動揺を押さえつける間もなく、さらに胸に指先が絡んでくる。
「くそっ、オレを……代わりにでもする、つもりかよ?」
胸で遊ぶ指先は、快感ではなく屈辱を引きずり出すように容赦がない。じりじりとした痛みが、黒いインナーのなかで広がってゆくようだ。
「へぇ、ガキかと思っていたが……察しがいいじゃねぇか。お偉いさんは下っ端の俺とは遊んじゃくれないからなぁ」
エフレムは舌で唇を濡らして笑い、インナーをたくし上げた。
少し冷えた室内に、屈辱で赤く上気した肌が曝される。逃げようにも、すぐ後ろは壁だ。半歩ずり下がるだけで、逃げ道は完全に塞がれるだろう。
「ずっとお預けをくらっていてなぁ。わかるか? 飢えてるんだよ」
「ふ……んっ、んん!」
壁にニールを押しつけるよう肩をすり寄せてきたエフレムの嘲笑混じりの耳打ちが、温かい吐息と共に耳にねじ込まれる。
「しる……かよっ! 見た目のとお……り、趣味が悪いっ、んっ」
乾いたエフレムの指先は、赤く腫れはじめた胸の頂きから離れず、ニールが身じろぐたび、叱るように強く爪を食い込ませてくる。
「趣味が悪い、か。俺にとっては、褒め言葉みたいなもんだ」
肩にのし掛かっていた顎が外れ、軽くなった体に息をついた瞬間だった。
「ひっ、あ……あぅ! な……めるなぁ!」
「文句ばっかり言ってるわりには、イイ声になってきたな」
胸から離れた指は震える腰に、赤く腫れた乳首は伸ばされたエフレムの舌に囚われる。
「あっ、やめ……んあっ」
ちゅっと音を立てて吸われたかと思えば、温かい舌の平で包まれるように舐められた。娼婦さながらの、愛撫だった。
次第にむずがゆくなってゆく右胸とは対照的に、左はなおも指先で痛みを刻みこまれている。与えられる痛みが鋭くなるたび、慰めのような甘い刺激が体を火照らせてゆく。
「こん、な。ありえねぇ……だろ、がっ!」
後頭部を壁に擦りつけ、すこしでもエフレムから離れようと体を引く。
意外にも、エフレムはニールを追わず、むしろ舌を少し出したまま胸から顔を離した。
「……っ! くそっ」
赤く尖った頂きから、すうっと伸びた銀糸がぷつりと途切れ。荒く上下する腹を滑ってゆく様に、ニールは目眩を覚えた。
扉を開く前から、なにを要求されるか、予測くらいできていたはず。覚悟を決めてエフレムの前に立ったはずなのだが、体は逃げ場所を求めて背後の壁にぶつかる始末。
(体を好きにさせるくらい、どうってことはないだろう?)
体の芯の震えは、恐怖なのか屈辱なのか。
ただ、怖じ気づいていると悟られたくはなかった。ニールはぎゅっと、拳を握る。
「綺麗な肌をしているな。そこいらの女よりもよほど、触り心地がいい」
するっと、衣擦れに似た摩擦音。
胸を散々弄っていた左手が、汗の滲み始めた腹を撫でていた。女の指とは違って、堅さを感じる皮膚の違和感が、嫌悪感となって感覚を揺さぶってくる。
「やめ……っ、ろ。触るんじゃ、ねぇ」
腰を抱いていた右手が離れ、襟を大きく広げられた。なにをされるのか、反射的に視線を下げたニールは、くっきりと浮き出た鎖骨に伸びる赤い舌を視界にとらえ、声もなく震えた。
「――っん!」
骨をしゃぶるように、強く押し当てられる舌先。湿った感触に、ニールは唇を噛んでこみ上げてくる得体の知れない波を必死に散らす。
「っは、は……あっ、この、エロおやじがぁ!」
背筋を駆け上ってくるぞっとした感触に、ニールは思わずエフレムの髪を掴んでいた。意外にも柔らかい髪は、力を入れれば入れるほど、指に絡んでくる。
「教えろ、よ。何処で撮った写真……だ?」
「娼館に行ったと言ってたが、女遊びは控えめなほうなんだろ? ずいぶんと、可愛い反応だ。もしかして、久しぶりなのか?」
子供だと馬鹿にされたようで、ニールは髪が絡んだままの指を乱暴に引き抜いた。
ぷちぷちと髪の千切れる音、眼前のエフレムのしかめっ面に、ニールは状況も忘れて笑った。
「質問してるんだ、答えろよ」
「舐めるだけで満足しろってか? 冗談じゃない」
鎖骨から唇を離し、壁にニールを押さえつけるように迫ってきたエフレムは、影の差す顔をさらに陰らせる。にじみててくる感情は……怒り、なのだろうか。
「すました顔は、お呼びじゃないんだよ。脅しだと思ってるなら、せいぜい高をくくっていればいい。皇位継承権を放棄しているとはいえ、皇帝陛下の血縁を汚せると思えば、いくらでも興奮できるさ」
大きく口を開き、エフレムはニールの首に歯を立てた。
左目と同様、あからさまに目立つ傷跡を抉るような激しい口づけに、殺しきれなかった悲鳴が呻きとなって零れる。
愛撫とは到底思えない暴力的な行為だが、ニールは何を突き付けられたとしても甘んじるしかない。
「この、変態……がっ」
なんとでも言えと目だけで笑うエフレムに、殴りかかりたくなる衝動を必死になって押さえこんだ。
どんなに腹立たしくとも、決定的な手がかりを持っているのはエフレムだけだ。
ニールが現皇帝の息子であると知っているのは、ごくごく少数でしかなく、エフレムが言ったように、表だって口に出すような馬鹿はそうそういないだろう。
(……時間は、限られている。休暇が終われば、すぐに最前線にオレは飛ばされる。戦地じゃ、何にもできなかった)
写真に写る兄の姿が、脳裏に浮かんでくる。
八年間、行方どころか生存も知れなかった兄の姿だけで、満足できるわけがなかった。
「欲しいの、なら……体くらい喜んでくれてやるよ」
ニールは深く息をついて、拳を解いた。
「……なんだ、急に大人しくなりやがって。ようやく、腹をくくったのか? それとも、止めるか?」
意思に反して硬く尖った己の胸に舌打ちを零し、ニールは真正面からエフレムを睨み付けた。
「最初っから、覚悟は決まってる。お前は道楽だろうが、こっちは本気なんだよ」
素肌を曝したまま、ニールはじっと見つめてくるエフレムを軽く突き飛ばした。
「体が情報の対価だっていうなら、くれてやる。好きにすりゃあいい。ただし、くだらねぇもんを突きだしてみろ。容赦なく、切り捨ててやるからな」
「あくまで対等を崩すつもりはない……ってか? かわいくねぇな」
じりっと、火の燻る音。
グラスの中で煙る煙草の灰が舞い上がって、サイドテーブルを汚していた。
狭い部屋中を漂っている紫煙を吸い込み、ニールは笑みを作る。
「可愛くてたまるかよ。オレは帝国の英雄様であって、男娼じゃない。抱き心地だって良くはねぇだろうよ。どうする、別のもんにするか?」
挑むよう小首を傾げてみせれば、エフレムの顔から僅かに残った笑みがすっと消えた。
「まさか」そう一拍おいたあと、浮き出るニールの腹筋を無骨な指がゆっくりとなぞり上た。
他人の感触に息をのむニールを笑い、エフレムはさらに距離を縮めてきた。
ふとすれば、唇さえ触れそうな近距離。
意識しなくとも、荒くなる二人分の吐息が混ざり合った。
腫れた胸を弾かれ、ニールは襲いかかってくる刺激にのけぞる。
「――んっ! ……ぁ?」
ぞくっと背筋の痺れる刺激には、覚えがあった。快感だ。
「なんっ、ふあっ――あっ! どうし、て? さっきまで、こ……んなっ、あぁ!」
困惑するニールを追い詰めるよう、エフレムの指は胸から離れない。
硬く痼る先端をなぞり、つまみ、強く弾く。休む間もなく続けられる愛撫に、ニールは次第に声を大きくして喘いでいった。
(なんで、オレ……感じてンだよっ)
壁がなければ床に座り込んでいただろう執拗で的確な愛撫は、ニールの鋭い視線を瞬く間に熔解させた。
「すました顔の割には、胸で感じるなんて好き者だな。女にここを弄らせて遊んでいたのかよ? それとも、男か?」
「どっち、も……ないっ、こんな、とこで! あ……んんっ」
爪を引っかけられるよう抓まれ、引っ張られる。
鋭い痛みと重なって、背筋をぞくりと震わせる快感に訳も分からずニールは頭を振った。
おかしい、開きっぱなしの口から唾液がこぼれ落ちてゆく。「淫乱だな」と笑うエフレムに、悪態すらつけない。
「――っん、ふ」
止めろ、と。
漏れそうになる拒絶の言葉を、溢れる唾液と一緒に飲み込む。
ニールは流されまいと涙に霞む目を必死になって見開き、持ち上げた手でエフレムの肩を掴んだ。
簡素なデザインだが、質の良さそうな生地を引き裂く勢いで指を食い込ませる。
「んあっ、しゃ……しん……ぅ」
「写真は、今から二年ほど前、アクゥティカ族への粛正作戦の戦後処理に当たっていた部下が偶然撮ったものだ」
聞こえてくる、金属音。ベルトが抜かれ、落ちたズボンが腰骨に引っかかる。
「壁に手を突け」
「っな、なんで……だよっ」
汗が滲み始めた肌を吸って、顔を離したエフレムが肩をがっちりと掴んでいるニールの手を引きはがす。
「おそらく、アルファルド皇子殿下も、姿を撮られたと気付いてはいないだろう。俺も、写真を確認して驚いた。公式記録じゃ、死亡扱いになっているからな」
(……アル兄。やっぱり、死んじゃいなかった)
震える息をどうにか整え、ニールは顔を上げた。
「なんで、戦地に?」
「さてな。アルファルド皇子殿下は、名前を出すのもためらわれるほどの禁忌になっている。テメェ同様にな。探りを入れられる人間は、限られている」
エフレムは意味深げに微笑んで「後ろを向け」と、ふらつくニールに命じた。感情を探れない低い声は、取引と言うよりはむしろ拷問を受けているような気分になる。
(……そう、違いはねぇか)
内心で、ニールは自嘲気味に笑う。
ニールは舌打ちし、壁に手を突いた。
「やるならやれってか? 潔いのか、馬鹿なのか」
「――黙れ、エロおやじ」
「安心しろ、男の汚ねぇケツに突っ込もうとは思っちゃいない。今のところはな」
衣擦れの音がして、裾の長い軍服をたくし上げられる。
腰にひたりと寄せられる他人の肌の熱に、ニールは額を壁に押しつけ、嫌悪感をやり過ごす。
「満足させてみろ、話はそれからだ」
後ろから抱きすくめられるよう、腕を回される。
弄られすぎてじりじりと痛む胸を左手でつぶされ、まだ萎えている中心を包みこんだ左手の、明確な意図を持った愛撫に、ニールははっきりと快感に濡れた悲鳴を上げた。
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