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エフレム・エヴァンジェンス 6
ありえない。
困惑が頭痛のように、脳裏に響いている。
ニールは両手を壁に付き、うなだれた。自然、エフレムの左手に遊ばれる胸を見下ろすかたちになって、繭をひそめる。
自分のものとは思えないほど、赤く腫れた胸が硬く痼っていた。
「っふ。なんで、こ……んなっ」
感じてたまるかと焦るほど、息が荒くなってゆく。
唇を緩めた途端、あられもない悲鳴が漏れそうだった。溜まるばかりの熱を呼吸に混ぜて吐き出したくとも、ぎりぎりで残っているプライドが快感を否定したがっている。
体を許す覚悟はできていた。
だからといって、好きでもない男相手に感じているなんて認めたくない。
「――ッ、くそッ」
浅く呼吸を繰り返しているせいか、熱にやられているのか。ニールは額を壁に擦りつけ、体重を支えている腕に齧り付いた。
皮膚にめり込む犬歯が冷水のように、ぼんやりと滲む視界を晴らす。
とはいえ、無駄な抵抗だった。
「ふっ、う。んんっ、あっ！ やめ……」
中心を支えているだけだった右手が動き出した途端、背筋を容赦なく這い上がってくる快感に、ニールは口を開いて喘いだ。
「なんだ？ 止めるのか」
愛撫の手は止めず、喘ぐばかりのニールに覆い被さるようにして体重を掛けてくるエフレムが耳元で笑う。
楽しげに揺れる声は「今すぐ、止めてしまえ」と囁いているようだ。
ぎゅっと、体の奥から快感を押し出すように動く右手に、ニールは血が滲むほど唇を強く噛んで頭を振った。
「つ……づけろ！ 男相手に盛りやがって、テメェこそ、止められるのかよ？」
「馬鹿なのか、大物なのか。……お望みとあれば、遠慮はいらねぇよなぁ」
襟首に埋もれるように入り込んできた唇が、声もなく笑う。
腫れた胸を揉むように動いていた左手が、綺麗に隆起した腹の筋肉を滑り、下肢へと下りてくる。
「赤く腫れて、女の乳首みたいになっちまったな」
「……っ、いう……なっ」
ちゅっと音を立てて首を吸われ、反射的に逃げた腰を下りてきた左手でがっしりと掴まれ、足が浮くほどの力で引き寄せられた。
弓なりに反り、尻を突き出す格好を撮らされたニールは、素肌に触れてくる熱を感じ、喉を引きつらせる。
当然とばかりに擦りつけられてくる熱がなんなのか、感づけないほど子供ではない。
「う、あっ……あたって、る？」
脈打つ熱に、ニールは肩越しにエフレムを振り返った。
「勃つかどうか心配してたが、問題なさそうだ。筋肉ばっかりで硬いが、肌の触り心地は女よりも上等だな」
掴まれた腰が、ぐっとさらに掴み上げられた。曝された秘部の丸みをたどるよう擦りつけられる熱に、悲鳴のような喘ぎ声を引き出されてゆく。
どんなに唇を噛んでも、止められない。
「ようやく、良くなってきたみたいだな」
笑うエフレムに、ニールは滲む視界の中で立ち上がり始めた己を見やり、嫌々をするよう頭を振った。
「はっ、あ……あぅ、こんなっ」
大きなエフレムの手に震える中心を扱かれ、ニールは壁に張り付いて声を殺した。
嫌悪感は消えないが、絶望的なまでの快感がせり上がってくる。
止められない。
肩口をくすぐるエフレムの無精髭のくすぐったささえ、快感と誤認しそうなほど、何もかもが曖昧になってゆく。
「やめっ………あっ、あうっ、ひッ」
覆い被さるエフレムを振り払おうとして身じろぐが、仕置きとばかりに、中心に爪を立てられ、のけぞる。
殺しきれなかった声は悲鳴でなく喘ぎ声となって、薄暗い部屋に響いた。
「はっ、あ……んぁ、あっ！」
やり過ごせない強い快感に、無意識で腰が揺れていた。
「ひっ、や、だ……こすれ……るっ」
密着しているエフレムの熱を自身で強く擦りつけたニールは、声も殺せず、開いた口の端から唾液を零して喘いだ。
「――っ、あぁ……今のは良かったな。よお、一人で楽しんでいるんじゃねぇよ。しっかり腰振って、俺を楽しませろ」
「ちが……う、誰がお前なんかを――っあ！」
怒りを出し切る間もなく、激しい快感がニールの正気を曇らせてゆく。
どんなに唇を噛んでも、喘ぎ声を止められない。
「意地をはるな、気持ちが良いんだろ？ 男に弄られてるってのに、もう出そうなほど勃ってる。気付いてないのか？」
吹き込まれる声に、ニールは霞む目を瞬かせた。
（ウソ……だろ）
エフレムの指に包まれた己は、たしかに硬く立ち上がっていた。
「クソっ！」
「先走りって奴か？ しっかり濡れてきた。おかげで、弄りやすい」
喉の奥で笑うエフレムの指が動く度、湿った摩擦音が耳に届く。
意思を裏切るよう零れた乳白色の先走りを、エフレムは敏感な素肌に刷り込むように扱いてくる。かき混ぜる大胆な愛撫は、深い快感となってニールの腰を支配した。
「気持ちが良いんだろ？ 認めればいい。そうすりゃもっと、気持ちよくなる」
「……ふざ、けん――んあっ、ふあっ。気持ち、よくなんてなりたくねぇ」
壁に両手を突いて、腰だけを突き出したみっともない格好を嘆く余裕もすでにない。
触られなくなった胸の疼きすら、やり過ごせなくなっている事実に愕然とする。
「足を開けよ、ニール。いつまで前座をやらせるつもりだ」
「ふ、あっ……い、やだ」
腰を引き寄せていた左手が腰骨を探り、そのまま先走りで濡れた股へと伸びる。
「ひっ、ああっ！ あッ……ひあっ」
粘つく体液を擦りつけるように股を摩られたニールは、開いた口から唾液をこぼしながら大きく喘いだ。
中心を支配するエフレムにも、あきらかな反応がつたわっているだろう。ぐっと、射精を止めるよう根元を指で閉められる。
「っ、あ。……も、う。やめ……ひぃあっ」
女相手でも、今ほど乱れた記憶はない。
ニールはエフレムの手のなかで赤く腫れる自身を、呆然と見下ろす。びくびくと卑猥に震えるさまは、解放してくれてと泣きじゃくっているようだ。
「へぇ。テメェ……こんなとこが弱いのか？」
「ちがっ、感じて……なんかっ、ふあっ！」
先走りに濡れた右手も、股へ滑り落ちてくる。
「開けよ」と焦れた声で、エフレムが内股に指を食い込ませてくる。鍛えられない柔肉に爪を立てられると、ニールは半ば悲鳴にも近い嬌声を上げた。
「ひっ、や……あ、も……やめ」
先端から零れ落ちてきた先走りが、ゆっくりと開かされてゆく足にとろりと落ちてくる。湿った感触が、新たな快感となってニールを乱れさせる。
「開け、っつってんだろ」
「――んっ！」
ぐっと股を開かされる。抵抗する間もなく、隙間を埋めるように、勃起したものが容赦なく差し込まれた。
「――っな、いやだ……やめっ」
「足を閉じて、しっかり俺を挟み込んでおけ」
暴れようとするニールだが、再び強く中心を扱かれ、壁に頬を擦りつけて喘いだ。
「もう、で……る」
射精への欲求には、勝てなかった。
中心に与えられる愛撫に、ねじり込まれたエフレムを内股でしめつけたニールは、覚え始めた快感を追うように腰を振り始めていた。
理性はもう、どこにも残ってはいなかった。
「あ……ぅ、んんッ！」
「そうだ、上手いじゃねぇか」
快感に濡れたエフレムの声を追い出そうと、ニールは激しく頭を振った。
好きでやっているわけじゃない。
感じているわけじゃない。
否定の思いは言葉にならず、口を割って出てくるのは女よりもいっそ艶めかしい喘ぎ声ばかりだ。
「ほら、そのまま……しっかり締め付けていろ！」
「ひっ……あ、あっ……やめ、んんっ！」
制止の声が、聞き届けられるはずもない。
エフレムは中心を指で戒め、腰をゆっくりと引いた。
柔らかい内股を容赦なく蹂躙されていく感覚に、嫌悪感と同等の快感が、ニールの思考をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
「あっ……んあっ！」
抜ける限界まで刺し引かれ、終わりを錯覚して気を緩めたところを勢いよく突かれ、喘がされる。
壁に突き飛ばされそうな程に激しい律動は、内側を犯されているようだった。
「はっ、あ……うあっ、ひぃあっ」
ニールは前後に揺さぶられながら、言い訳の効かない感じ入った声を上げ続ける。
「……このまま、いっちまえよ」
ぐっと、さらに股を開かれるような錯覚。増す熱量。
いやな予感に背筋が粟立つが、無意識に腰を揺らしているような状況では、何もできやしない。
「うっ、ああっ……もう、あ……ふあっ」
「――っ！」
しっかりと抱きすくめられた瞬間、下肢を穢す熱に促されるよう、ニールも多量の精液を零し……果てた。
「あ……あぁ」
がくがくと、膝が揺れる。
腰を支えていた手が離されると、ニールは壁へ倒れ込み、ずるずると床に膝をついた。
「報酬、ありがたく頂戴した」
射精の倦怠感と、濡れた股の嫌悪感に震えるニールは、血が滲み始めた唇の薄皮を破るよう歯を立てた。
（まだ、まだだ。もっと、オレは知らなくちゃならない）
望む情報の一端には、触れられた。
生存を確認できたからこそ、さらに次を望んでいる。
ニールは零れた唾液で濡れた口元を、乱暴に拭った。
ベッドに腰掛け、煙草を……あの、甘い匂いのするものではなく、白い紙巻き煙草を噴かすエフレムに唇の端を持ち上げて見せた。
「これくらいで満足すんなら、安いもんだ」
「……減らず口をたたきやがって、クソ生意気な小僧だ」
エフレムの灰色の目には、もう、狂うような感情はない。周囲の闇に溶けそうな暗い色だけがある。
「今日は、これでお仕舞いだ」
煙草の灰をグラスに落とし、エフレムは部屋の隅を指差した。個室のようだ。
「先にシャワーを使わせてやる。体を洗って、出直してくるんだな。まあ、懲りてなければの話だがな」
取り上げた刀をニールへと放り投げると、エフレムはベッドに体を横たえ、月の見える窓へと紫煙をくゆらせる。
「くそったれが」
ある程度息が整うのを待って、ニールは受け取った刀を支えに、立ち上がった。
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