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代償の痛み 2
無機質な電灯の下で、長く伸びる二つの影がゆらゆらと揺れている。
「ふっ……く」
零れそうになる喘ぎ声を必死になって飲み込んで、ニールは前を弄るエフレムの手から逃げるように腰を引いた。
が、背後から覆い被されているせいで、引いた腰はそのまま、硬く育ったエフレムの中心を擦り上げる羽目になる。
「ひっ、あぁ……ぃ」
背骨の線をたどるよう、先走りの滲む先端を抉られる。ぐちゅぐちゅと粘ついた感触が、逃れきれない恥辱に震える体にさらなる追い打ちをかけていく。
「嫌だ嫌だと煩せぇが、わりと乗り気じゃないか。あとからあとから、たくさん漏れてきてる」
「んな、わけ……ないっ。感じて、なんかぁ」
はっ、は。と、途切れ途切れの息遣いは、発情した犬のように淫らだ。
嫌々と首を振って僅かながら抵抗してみせるが、笑われるのも仕方ない。
「感じてない? なら、なんでテメェは勃起させてんだ? 男の手で扱かれて、硬くしておいて、感じてないなんて言い訳にもなりゃしない」
飲み込みきれなかった唾液を口の端から零し、ニールは快感に引きずられるばかりの体に首を振った。
信じたくなどないが、大きく開かされた股の中心は、痛いほどに赤く腫れていた。
「……っ、ちがう。ちが……ぁっ」
節が目立つエフレムの大きな手によって引きずり出されていく快感は、ニールの体だけでなく、脳にまで染みこんでいくようだった。
先端からは白く粘ついた先走りが、止めどなく絞り出されていく。どうしてか、為す術もなく愛撫される己から目を反らせない。
「前だけじゃねぇな?」びくびくと痙攣する腰を引き寄せられ、恥骨を擦り上げた塊の熱さに、ニールは汗を吸って湿ったシーツに膝を埋め、大きくのけぞった。
「ふっ、う……ぐっ」
喉からせり上がってくる嬌声を押し込むよう、エフレムはニールの先走りに濡れた指を口腔に差し込んだ。
思わず嘔吐くニールに構わず、溢れ出る唾液と先走りを絡ませてからエフレムは指を引き抜き、後ろから抱きしめるようにしてニールの胸の先端を抓んだ。
「あっ、やだ……やめぇ……ふあっ、あっ」
唾液と先走りに濡れた右手と、乾いた左手。同じ指なのに与えられる快感の違いに、ニールは無意識に腰を揺らしていた。
「ちょっと触れただけで、派手にいっちまいそうじゃないか。女だって、胸だけでいったりはしないだろうにな。俺との取引は、五度目だったか? ずいぶんとまあ、快感を拾うのが早い体だ」
肩口に乗せられた顎が「淫乱め」と動いた。
ちがうと叫びたいが己の痴態を目の当たりにすれば、否定の言葉の虚しさを突き付けられる。ただ、唇を噛んで首を振るしかない。
触られたら、反応する。
男のどうしようもない性だとしても、胸を弄られる刺激が前に直結していては、笑われても当然なのかもしれない。
「うっ……ふ。アル兄は……どこ、にぃ」
硬く痼った先端に爪を食い込まされたと思えば、指の腹で転がされる。
唾液と先走りを塗り込むように擦られれば、目の眩むような快感がせり上がってきて、ニールは唇をさらに強く噛んで、必死になって絶頂に耐えた。
「行方を追ってはいるが、流石に用心深くてな。後手後手に回っているのが、現状だ。なかなか、尻尾をつかませてくれない」
胸を弄るだけ弄った指が、体の線をなぞるように下りていく。
大きく開かされ、快感に痙攣さえしている太股をなぞり、そのまま、弱い内股をがっしりと掴まれ、膝を立たせられる。
自然と重心が後ろに倒れ、エフレムの熱棒を押しつぶすようにして硬い胸に倒れ込んだ。
(あつ……いぃ)
内股を引っかくように撫でられるだけで、腰に溜まった熱を解放したくなる。
あられもなく、いっそ目的も忘れて快楽に飲まれていれば楽なのかもしれない。
エフレムの心臓の鼓動を背中に感じながら、ニールはあさましく立ち上がって震える中心を見つめる。
「も、やめ……」
「取引をやめるなら、それはそれで俺はかまわない。男しか抱けないってわけじゃねぇからな。テメェだって、男を知らないうちなら普通に戻れるだろうさ」
下りてきたエフレムの右手に、高ぶり続ける中心を再び握りこまれる。
指先だけで皮膚を擦るだけの愛撫は、もどかしいと感じるほどに柔らかい。
「……ぁ、ちがっ」
ニールは頭を振って、中心を弄る右手を払おうと両手を伸ばした。もどかしいなんて、感じるわけがない。
気の迷いだ。
涙に滲む視界を瞬かせ、ニールは皺の寄ったシーツに埋もれるようにして放置されている数枚の写真を見やる。
すべて、兄アルファルドが映った写真だ。
時期も場所も全てがばらばらであるが、どれも、最初に見せられた写真よりも前に撮られたものだ。最新の写真は、一つもない。
「も……と、ほしっ……いっ」
濡れる先端を絞るように愛撫され、ニールは立てた膝を震わせながら、背中を抱くエフレムの腕にすがりついた。
「オレは……アルにぃ……に、あいたい。写真なんか、じゃ……まんぞく、できなひっ」
閉じた瞼から、涙がこぼれ落ちた。ニールは後ろ頭をエフレムの鎖骨の窪みに擦りつけ、飛び散った精液に汚れる写真へ手を伸ばした。
「初めてだと思って、甘やかしすぎたか」
自嘲するエフレムに、伸ばした右手がさらわれる。
指を絡ませるように掴まれ、そのまま自分で自分の足を開くように固定される。
「なあ、ニール。テメェだけが気持ちよくなってちゃ、取引にはならねぇよな?」
「……えっ?」
首筋に舌を這わせながら囁くエフレムの息にさえ感じる体。
快感を受け容れているとしか思えない己の反応に戸惑うニールは、立ち上がった中心よりも奥、開かされた会陰の湿ってゆく感触に緩んだ目を強ばらせた。
「――ひっ、あ?」
体が竦むほどの冷たい感触は、精液ではない。
が、よく似ている粘ついた感触に震え上がるニールの視界に転がってきたのは、口が開いた小さな瓶だった。
瓶から零れ出る色のない粘液に汚される、白いシーツと写真。
「――んあっ? な、あっ、ううっ」
ぼんやりと視線を彷徨わせていたニールは、今までに感じたことのない、痛烈な違和感に四肢を強ばらせた。
「そ――ん、なっ……う、そっ……あっ!」
開かれ、瓶から垂らされた粘液に濡れた後孔に、エフレムの指が差し込まれていた。
「う、ううっ……ひ……んっ」
中心を愛撫していた指が、狭い後孔を容赦なく広げていく。
驚きと、粘液を伴っていてもやり過ごせない痛みに足を閉じようとするが、右手に邪魔をされ、むしろ関節からもぎ取られそうな勢いで開かされる。
「うっ、ふうっ。やめ……なん、で。入っ……て?」
せり上がってくるのは、快感ではなかった。
強烈な違和感と嫌悪感に、押し上げられてきたのは胃液だ。
喉を灼く酸に嘔吐くニールに構わず、エフレムは拘束していた手を離し、再び赤く痼った胸に人差し指を絡めた。
「ひっ、あっ……ああっ、ふあっ」
ゆっくりと指が後孔を動く度、ニールは嘔吐感に悶えた。
快感など追えるはずもなく、あまりの嫌悪感に首を振るが、さんざん快楽を刻み込まれた胸を強く抓まれた直後、萎えたと思った中心が重くなる。
「うっ、うう……だめ、だ。気持ち……わるっ、んあっ」
「気持ち悪くて、たたせているのか? 変態だな」
笑うエフレムに、ニールは「違う、違う」と首を振った。
快感と嫌悪感、指の節すら分かるほど後を無意識に締め付けて、ニールはただ首を振り続けた。
「気持ちいいんだろ?」
濁った思考に、声が囁く。
頷いたのか、首を振ったのか。
胸を弄っていた手が前に伸び、ぎゅっと握られた直後、ニールの理性は役目を放棄した。
「あっ、あっ……やっ、もぅ」
瞼をぎゅっと閉じて、ぼんやりと腫れる思考にただ、喘ぐ。
「今日のところは、素直にいかせてやるよ。ありがたく思え」
撫でるように動き始めた右手。胸に与えられる快感に、ニールは後を弄る指の感触を忘れるようすがりついた。
「――はっ、あっ、う。も……っく」
来る。
目を閉じているのに、白く明滅する視界。
ニールはエフレムの指を締め付け、追い上げられるままに果てた。
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