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第2話 side景
「景、これ僕の奥さんからのプレゼントー」
マネージャーの宮ちゃんは、運転しながら後部座席に座る僕の方へポイと箱を投げ入れた。
キャッチした僕は、つい顔が綻ぶ。
それは花柄の包装紙に白いチュチュリボンのかけられた小さな箱だった。
「わぁ。嬉しいな。あとで電話でお礼言っておこう」
「それ、ブランデー入りなんだって。きっと好きだろうと思って買ったらしいよ。いつもみたいに手作りじゃなくてごめんねって言ってた」
「いいよ、今大変な時期なんだから。わざわざ選んでくれて、本当に嬉しいよ」
宮ちゃんの奥さんは今、三人目の子供がお腹の中にいる。
産まれるのは初夏の予定だ。
そんな中僕のことも考えてくれただなんて、本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。
「あ、でも修介くん、景がそんなの貰ったって知ったら嫉妬しちゃうかな?」
「ん? 大丈夫だよ。ちゃんと僕から言っておくから」
「そう。仲良くやれてるみたいだね」
「うん。おかげさまで」
修介と一緒に暮らし始めてから、正直喧嘩は何度かした。
けれどそれらを一つ一つ乗り越えた僕らは、確実に成長し、お互いをもっと好きになっていった。
二人とも、譲れないところは譲らない、頑固な性格だ。
だからちゃんと、納得いかないことは目を見て会話をしてきた。
電話だと伝わないことも、目を見て話せばちゃんと伝わる。
彼と暮らし始めて良かった。
「あ、そうだ宮ちゃん、ちょっと寄ってほしいところがあるんだけど」
僕はスマホで送られてきたメッセージを見ながら、宮ちゃんにその場所を伝える。
ある建物の地下駐車場に着くと、入り口の前でスマホに視線を落としているタケを見つけた。
少しだけ待っててもらうように言って車から降り、タケの方へ近づく。
「お疲れ、どうしたの?」
「あっ、景ちゃん、良かった。ちょっと渡したいものがあったからさ」
タケは徐に、小さめの紙袋をこちらに差し出してきたので、受け取ってその中を覗いた。
見ると、さっき宮ちゃんに渡されたのと同じような包装紙に包まれた箱が入っていたので苦笑した。
「え? これ、タケが買ってくれたの?」
「違う違う。これ、真由が俺にくれたのー」
今付き合っている彼女(某有名アイドル)の名を出したタケを、ジト目で見つめる。
「タケがそこまで不義理な奴だったとは」
「ちげーって! これともう一つ貰ったんだけど、こっちは景ちゃんにあげようって思ったのー!」
タケは慌てて、片方に持っていた袋を掲げる。
タケも俳優だ。甘いものは控えているのかもしれないが、なぜわざわざ呼び出してまで僕にこれをくれようとしているのか。
キョトンとする僕に、タケは近づいて耳打ちした。
「これ、見た目は普通のチョコなんだけどさ、中には何が入ってると思う?」
「何って、お酒とか?」
「ううん、実はね……」
こしょこしょさせるタケの息が掛かってちょっとくすぐったい。
聞いた僕は、目を見開いた。
「えっ? そういうのって本当にあるの?」
「効果抜群だって。真由が作ったみたいで、使って欲しい人いたらあげてねって言われたんだ。それとはい、これは残った分だって」
リュックからタケが取り出したのは、怪しい文字が記された掌サイズの瓶。
茶色い瓶の中には半分ほど、液体が入っている。
「……これを、修介に使えと?」
「あいつ超絶アホだから、気づかずにチョコ食うでしょ、ついでにそれ仕込ませた酒飲むでしょ。はい、そしたらもうこっちのもんだから」
人の恋人を超絶アホと言われて納得いかないけれど、羞恥に駆られて頬を赤くする修介を想像してしまえば、そんなの気にならなくなった。
タケはこんな心中を見抜いて、笑いながら僕の背中をポンポンと叩いた。
「素敵なバレンタインを。景ちゃん」
僕はふふ、と笑って、その場を後にした。
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