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 兄が果てた瞬間、一拍遅れて俺は口を離した。吐精されたものはこの後にも使いたい。  一拍遅れた分の子種が舌の上に絡みつき、口を離した後のものが顎や胸元に飛ぶ。その様子を信じられないといった目で見る兄は、いつの間にか俺の頭に添えていた片方の手を口元に持っていっていたようで、快楽に耐えるために噛み付いていたであろう指から血が(にじ)んでいた。  蒼褪めた表情で飛沫(しぶき)を見、すまない理衛と震えた声で呟く。謝ることなどひとつもないので、俺は残る兄の残滓(ざんし)がよく見えるように舌を突き出してから、おもむろにそれを口に含み、わざとらしく溜飲(りゅういん)した。 「なにがです?」  ニッと笑えば「ああ」と脱力する兄をそのままに、立ち上がり満足げに見下ろしてから、俺は同じ部屋にある戸棚の戸を開けボトルを取り出した。それを手に戻ると再度床に膝をつき、兄の足を椅子から下ろして、投げ出されたままのそれを今度は自分の肩にかける。  ぐ、と力を込めて引っ張ると兄者は背凭(せもた)れにだらしなく寄りかかり、尻が突き出された格好となった。自分の顎と胸元に飛んだ白を拭って、まだ唾液に濡れる()びた屹立(きつりつ)と精嚢の奥、尻の間にある窪みへと塗りつける。 「〜〜っ!」  そんなことをされるとは夢にも思わなかったであろう兄者はひやりとした感触に声にならない声をあげたが、一度きつく閉じた瞳を開き、「するのか」と渇いた声で尋ねる。 「……体勢が窮屈ですみませんが辛抱してください。最初は違和感がありますがすぐに慣れます」  俺は問には触れず返答する。  持ってきたボトルの蓋を開け、手のひらに中身を垂らす。ひんやりとしたジェルを擦って温めながら、きゅっと引き絞られた窪みへ塗りつけることを何度か繰り返す。時には雄へ塗りつけながら、尻たぶを持ち上げながら、ぬらぬらと光るそこを直視しないように努める。これ以上見つめれば我慢が効かないと、己の下肢が存在を叫んでいる。  ボトルの半分を注ぎ込み、俺はようやく窪みへ手をかけた。同時にそれまで大人しくされるがままだった兄者が口を開いた。 「理衛、……本当に」  声は震えていなかったが、その先は紡がれなかった。  俺はそれに頷いて、自分の肩にかけた兄の脚へ口付けを落とした。 「愛しています、兄者。俺にすべてくれるのでしょう?」  それが過去の女を忘れるためのことだとしても。俺はそれでもいいんですよ兄者。だから――今日は逃がさない。 『お前は俺を抱きたいのであったな』 『――いい。好きにしろ』 『俺はもう、何も持たないただの男だ。それでもいいのであれば、お前に全て委ねたい』  兄者の言った言葉と寂しげな横顔が、姉御に言祝(ことほ)ぎを伝えた時の作られた微笑みが、母家(おもや)を去る際に見せた足の震えが、あの()びしい背中が――脳裏によみがえる。  ふやけるくらいに丹念に執拗(しつよう)(ほぐ)す。  不快な想いはさせたくない、まして痛みも極力避けたい。爪先を埋め込んでは抜き、撫でて揉んで()ねてまた滑り込ませることを繰り返す。  ふぅふぅと頭上からは兄の切ない吐息が降ってきて胸が締め付けられる。指を第一関節まで埋め込んで(うごめ)かせれば、力が入る兄者の膝が物理的に頭を締め付ける。  いたたと呟くが、いつもならすぐに飛んでくるような、こちらを気遣う声が今ははない。ちらりと兄を盗み見れば固く目を閉じ歯を食いしばり耐える姿がある。 「力を抜いて兄者」 「……やっている」  語気の強い、怒気を(はら)んだような物言いに兄の必死さを感じ取る。だが一向に穴が緩む気配はない。  これは時間がかかる――。持久戦だ。そう判断して俺は一旦抱えていた足を下ろす。腰に負担のかかる姿勢をしていた兄を正しく座らせてやり、背をさすってやる。 「兄者、少し休憩をしましょう。背が痛くなはないですか?」  「ああ」とも「むう」ともつかない返答をして兄は背凭れに背を預けて肩の力を抜いた。 「俺は一度抜きます。兄者、水は?」  同列で語られたのが驚きだったのか兄は目を白黒させていたが「みず」と口を動かしたので、(さわ)りがありつつ俺は台所から水を汲んで兄へ渡す。  グラスを受け取ってゆっくりと水を飲み下す兄を見ながら、俺は手早く抜いた。  少し擦るだけで安易に達し、テーブルのティッシュ箱を引っ掴んで処理する俺をぼんやりと見ながら、兄者はトンと空になったグラスをテーブルへ置く。 「……理衛。いったのか」  改めて確かめられると居住まいが悪い。 「はい、イキました。……兄者がえろかったので」  ちょっとした仕返しを付け足して兄に近づくと、赤く染まった頬に唇を寄せる。そのまま耳元に息を吹きかけると兄は振り払うように頭を揺らす。肩に置いた手をまた下肢へと伸ばすと、(とが)められた。 「理衛」 「なんです」  止められるのは困る。今日はやめない。だって他ならぬ貴方が許したじゃないか。  不満が顔に出ていたのか、兄は俺を見て「違う」と首を横に振る。 「もうここでは嫌だ。ここは飯を食うところだ、そうだろう理衛」  だから別の……と続けて兄は口籠った。俺は思うところがあってのことだったが、兄者が求めるのであれば構わなかった。 「分かりました。寝室へ行きましょう」  寝室に入り、俺は手早く布団を敷いた。  たぶん今までで一番早く乱暴な床の準備であっただろう。敷かれた一組のみ布団を見て兄はこれから行うことを想像して唇を噛んだ。 「一揃えあれば十分でしょう」  飄々(ひょうひょう)と答えて俺は掛け布団をめくって促す。また脱ぐというのに兄は着物を羽織り直していた。 「さあ、兄者」  促されて兄者は静かに布団に入った。可愛い可愛いとあやすと兄はぶすりと口を尖らせる。その尖った唇に(ついば)むようなキスを落として、隙間に舌を差し込んだ。  布団の中は熱かった。  ローションを注ぎ足し、布団の中の暗闇からは淫靡(いんび)な水音がひっきりなしに響く。「よく見ないとうまく(ほぐ)せない」と言う俺の言葉に(がん)として耳を貸さなかった兄の為に今、指先だけで尻の穴を探りふやかしている。  穴は見えないが代わりに兄の表情がよく分かり、これはこれで良いものだった。目を閉じる癖があるのか、相変わらず閉じた瞼の兄はこんなにも注視されているなんて、知る由もないのだが。 「兄者」  機嫌の良さが滲む声色で兄を呼べば、身を(よじ)りながらも閉じかけていた足を開いてくれる。  尻の中には今、ようやく一本、指が入っている。最低でも三本は入るようにしないと厳しい。性急なことは承知だがどうしても今日このまま挿れたい。自分のもので繋がりたい。  でも、この寝室にいやな思い出を残したくない。これから先も二人で眠り、そしてこれからきっと毎夜……とはいかずとも愛し合う場所になるこの寝室で、今日の惨めな思いを兄が思い出したりしないでほしい。    その後もたっぷりと時間を費やし、あやし(いさ)(なだ)めすかして、俺は震える兄者の体をひらいていった。

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