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4.背負えないもの
「う~!!20万!!ほんっと!おねがい!」
「前回の50万はどこに消えたんだ」
日の高いうちに起こされたと思えば、イグナーツが王宮を徘徊して警備兵に捕まっているしそれを見て報告しないエグリゴリには怒りを通り越して呆れしかない。それもエグリゴリが部屋を貸してやったというのだからお手上げだ。
「そりゃ…あ~ん~…生活費?」
その上この男は金を強請って仕方がない。いくら渡しても湯水のように溶けていく。この王国も言うほど裕福ではない。国庫からではなく自分の財布から工面しているがこのところ額が増えて、そろそろ厳しい。
「無理だ」
「あ~ん!!生きていけないんだよ~…ほんとに~………」
シャワーを貸して、服を洗わせ、着替えも貸して、飯も食わせてやって、寝室も、城内も好きに開放しているだけ恵まれていると思わないのだろうか。全く、都合のいい男だ。前一般兵に何故殺さないのかと聞かれた時、全て答えたら「一緒にご飯食べてお金あげるなんて"パパ活"みたいですね」と言われて結構ショックだったのだから。
「何が生きていけない、だ。勇者なのだから悪党でも狩って金を稼げばいい」
「明日までに耳揃えて返さないと怒られるんだって!」
借金返済だろうか。だとしてもそこまで私が関与するような話では………。
「お願い~今日は体で払うから~」
「………。何で払うと?」
聞き捨てならないセリフが飛び出した。こんな若い男がそう簡単に体を売るなんてことがあっていいわけがない。
「カ・ラ・ダ!」
「君は若いんだ、そういうことを気軽に言うのはやめたまえ」
仮にセバスティアーノのような商売をしているというのなら百歩譲って許すが、嫁も見繕っていない若い男が軽く口にするのは頂けない。お堅いと言われてしまうかもしれないが売るというのはいけない。親からもらった体は大切にしなければ。
「…、悪いけど魔王ちゃんにしかこんなこと言わないし」
拗ねたらしく頬を膨らませるとぷいとそっぽを向いてしまった。人間の国も色々あるのは分かっているがわざわざこんな復興途中の国に頼るのはお門違いではないだろうか。
「そういうのが好みならインキュバスにでも頼んで来い」
まだ21歳の彼が女遊びもせず、賭け事もしないで、麻薬や暴力にも関与せず、巨額の借金を背負っているという事実はにわかには信じがたい。それもどうやら正規の金融ではないらしいというのも信用性に欠ける。いったい何にそんな金を使っているのか…。
「うげ、セバちゃんはマジ勘弁…」
「なんだ?既にしごかれたか?」
セバスティアーノは捕虜の人間の精力を絞って回っているらしい。勿論それが拷問並の効力を持っているおかげで実力行使するまでもない場合もある為、彼には監獄の鍵を持たせている。特に許可取得や申請をさせていないが何気に効果があるらしい…。
「あれは死ぬかと思った…。じゃなくて!俺は魔王ちゃんとしたいの!」
「断る」
「あぁあん!!いじわるぅ!」
金も貰えなければ交わってもくれないと気づいたのか、上着を羽織ってナイフを片付け始めた。元々軽装備の彼は荷物もさほど多くなく、使い捨ての投げナイフと数本の仕込みナイフを箱に詰めて後の私物は置いていく。いつものように帰り支度をしていると思ったがふわりと落ちた一枚の紙に目が行った。
「なんだ?これは…請求書…?」
「うぇ!?あ、ああ、あ!待って!見ないで!」
それは手書きの請求書らしきものだった。少し癖のある字のせいで翻訳は難しそうだが日にちはもう二年前のもので、請求金額は目も当てられない額だ。国家間で多少金銭の価値が違うとはいえここまで多い額が一般人に払える額ではない。
「………これを払っているのか?」
「ま、まさかぁ!こ、こんなの払ってたらき、気が狂っちゃうじゃん?」
「………」
なるほど。そういうことか。恐らく大っぴらにできない程の多額の借金を不正規の場所から借りてしまったせいで国内で頼れる人がいない。または「魔王を討伐」することでその借金が無かったことにしてもらえるか…。どちらにせよ彼には払いきれない。
「ね、み、見なかったことにして?お願い…」
震えた声で隠そうとする辺りあまりいい方向には行っていないらしい。金額だけを見ても私のような貴族でも用意できないだろうというほどの巨額。無論、今はグランパドス王国が復興途中なせいで用意できるものもないが。そう、彼へ送られた書類の請求金額は国家予算クラスだ。不正なら馬鹿正直に受け取るのも馬鹿げているが隠そうとするということはその金額を払わざるを得ないような脅しをされているのだろうか?
「これをどうする気なんだ?」
イグナーツは答えない。取り繕う余裕もないのか涙目で、声を堪えてる。
「………イグナーツ」
私の悪い癖だ。人間には情を掛け過ぎる。放っておけばいいものを見て見ぬ振りが出来ない。どうにかしてやれないだろうか?
「魔王ちゃん…ごめん…帰る…」
「せめて涙を拭いていけ」
そっとハンカチを渡すと耐え切れなくなったのか彼の目からボロボロと大粒の涙が零れた。それは紐の抜けたブレスレットのようにはじけ飛ぶくらいの感情。
「うぅあ"ぁぁ…。ま、まおうちゃ…」
どうしようもなく心が揺れた。勇者にこれ以上優しくしてやらないと決めていたのにこんな顔を見せられたら私は耐えられない。泣きじゃくった時の古い親友 の顔が脳裏をよぎってしまう。人間を助けてやって欲しいと…私に行った時の顔が。
「…20万で足りるのか?」
「……ほんとはもちょっと…」
あとから部下にはひどく叱られそうだ。そうだと分かっていても見捨てたくはない。
「本当はいけないんだが…今日は払って行ってくれるんだったな」
「ぅあ………。う、うん…い、いいの…?」
泣きじゃくった顔で思い出してた。彼のことを。イグナーツのことも。確かに私が保護した子供は信じられない程泣きむしで、甘えん坊だった。
「パパになってほしかったんだろう」
「ぅえ!?あ、え、そ、そうだけど!!思い出したの!?」
私はあの嫁のことを全部忘れようとしていたから彼事件もなかったことにして忘れていたんだろうな。こんなに顔立ちも似ているのに。
「そうだとしたらどうする?おこずかいはいらないのか?」
「…いります………」
事情は寝室でたっぷり聞くとして、執務室から出た。
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