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5.やまない雨

 嫌なことがあるとその記憶を忘れようとするものだ。時には記憶を改変してしまうこともある。そして起因する何かが起きた時思い出してしまったりもする。  私が忘れたい日は必ず酷い雨が降っている。奇遇かもしれない。しかし豪雨の日はいいことがないと思ってしまうのはこうやって重なっていくからではないだろうか?  泣きじゃくったイグナーツを客室に通そうと部屋を出た時、外は酷い雨だった。今日に限ってかとため息をつく。ここ数週間、雨など降っていなかったのに。彼と初めて出会ったのもこんな雨の日だった。そう、正室(セリシア)が死んだあの日も、こんな雨ではなかったか。 「…雨、嫌い?」 「……まぁ、色々あるからな」  どうせ日に当たらないように屋内で過ごす身だから雨だろうが何だろうが関係のないのだろうが、こればかりは憂鬱になってしまう。一族と親友を失った日も、酷い雨だった。正室(セリシア)の命日だって、残った側室が居なくなった日だって豪雨の日なんだ。 「俺は…ちょっとだけ好き。大好きな人に出会った日だから」 「私か?」  イグナーツは小さく頷いた。今まで生きてきて好意が痛いと思ったのは生まれて初めてだ。私が罪悪感から拾い上げた子供が、私に好意を抱いている。彼のことを知れば知る程それを思い出さずには居られない。彼の眼帯は、私が作った傷のせいだと。そしてその傷はあの夜の出来事だと。 「魔王ちゃん、変わってなくてさ…良かったよ」  私としては変わりたかったのだが、変われなかったという方が正しい。それでも彼は嬉しそうに笑うのだ。 「そうか。ちょっとは前に進みたかったが」  空き部屋の鍵を開けて中に入る。無人の部屋の中にはイグナーツが持ち込んだ私物が至る所に置いてある。 「俺は?おっきくなったっしょ?」  イグナーツが前方に少しだけ駆けていったと思えばくるくるとその場で回って見せた。 「…変わってない」 「え~!?噓でしょ~?」  確かに肩車をして城内を回ってやったころに比べれば大きくはなったのだろうが…。 「頑張ってでかくなったのになぁ…」 「頭の中が変わらなければ一緒だと思うが?」  倒れるようにベッドに突っ込んで拗ねたような顔をする。まだ瞳は濡れている。泣き虫なところが一番変わってない。 「むい~!!魔王ちゃんだって眉間にしわよってるの変わってないんだけど!いつも機嫌悪いみたいでさ~」 「…煩いぞ」  少なくとも今はお前のせいだと喉まで出かかったが言わないでおいた。今から寝ようというのにこれなのだから。文句を言うつもりはないがこれほど無邪気な相手は初めてかもしれない。  諦めて、抱いてやるかと思いイグナーツの服に手をかけると急に彼が飛び起きる。 「あ!待って!」 「急になんだ」  荷物を漁ってあれでもないこれでもないと言った後、大きな声を出して帰ってくる。 「あった!これこれ。はい、どーぞ」  彼の手の中にあったのはおそらく彼が買ってきたのであろうローションだった。人間の言語で書いている辺り向こうで買ってきたのだろう。やけにハートが書いてある。 「こんなものを無許可で持ち込んだのか」 「い、いつか…つかえたらいいな…って」  危険物を持ち込まれるよりはましだがこんないかがわしいものを持ち込むのも勘弁願いたい。だがまぁ、誘い方はともかく密かに用意して待っているというのは可愛らしくもある。 「何を期待していたんだ?」 「ぅ…」  号泣していたせいで潤んだままの瞳に、赤く染まった目元が色っぽく見える。それを見て思うことは美味しそうだということ。 「まぁ、何でも構わないが先に頂くぞ」 「な、何を?」  欲を言うならもう少し若い間に味わっておけばよかった。だがいざ目の前にしてしまえばそんなことはどうでもいいものだ。空腹のときに高級品かどうかなど気にならない。そういうことだ。普段は自制しているが生身の人間には必ず血を通っているのだから食いたくなることもある。いまが、そう。 「…」  首筋をそっと撫でて軽く牙を立てた。イグナーツは何をされるか察したようで少し体が強張っている。……いただきます。 「んっ!」  びくりと体を震わせたが嫌がることはなかった。ジワリと滲みだした血液が口内に染み渡っていく。一種の喜びを感じながら嚥下し、熱い息を吐いた。 「ふぁ…お、おいしい?」 「珍しい味だな」 「それ、不味いってこと?」 「いや?そうじゃない。出回らない味だと思っただけだ」  ボトリングされて出回るのは魔族の狩りに巻き込まれるような反社会的な人間かもう一つの血統の吸血鬼に好かれるような人間だけだ。とはいっても流通量が激減している状態でもある為味にこだわっている場合ではないのだが。 「ん~…でもどんな味なの?俺的に鉄の味しかしない気がするんだけど」 「味覚が異なるから一概には言えないが…多少の甘みがある。あと、何といえばいいか…少し女性らしい味がする」 「え!?マジ!?なんだろ、女々しいって言われた気がする~」  きっと母方の血が強いのだろう。決して嫌味ではないが男性は少し飲みにくいこともあるのだが、これは飲みやすい。ただ、親戚には苦手な人もいそうと思うような何となく独特な味。 「私は好きだ。もう少しくれ」 「好きならいいんだけどさ…んっ」  キバを突き立てる際多少の痛みはあるだろうが唾液の鎮痛効果が効いているのか、継続した痛みはないらしい。痛みどころか舐められる感覚に身を震わせているようだった。そのうえそれは多少なりとも快感のようで肌を火照らせている。熱く息を吐いてもじもじと身を捩り時折小さく声が漏れている。もう少し強く噛みつき、深く抉った方が濃い血を飲めるのだがそれ以上に彼を鳴かせてやりたいと思った。首筋に噛みついたまま彼の服を捲り上げ、肌を撫でまわす。 「ぅあ…魔王ちゃ…」  感度は中々いいらしく肌を撫でるだけでもびくびくと反応している。惚れた弱みか、抵抗もしない。いつもはギャンギャンと吠える犬のように喧しいイグナーツが色沙汰になるとここまで大人しいとは意外だ。雨のように止まらない会話もなかったかのようにただ喘ぎを漏らすだけになっている。 「そんなに私が好きか?」  イグナーツが涙を浮かべながら深く頷いて振り絞ったように呟いた。 「うん♡大好き……信じられないくらい」  私は今までこんなにも熱烈に愛されたことがあっただろうか?強いて言うなら父上くらいではないだろうか。とても嬉しいが少しむず痒い。 「なら泣くな」  執務室を出る前から泣き止まない。幼い頃もこうだったのを覚えている。私が重要な会議に出る時などは特に私から離れたくないと泣きじゃくって側近を困らせていた。息が上がるほど泣いたらしく呼吸は不規則で引き攣るような動きを繰り返している。 「泣きたくなくても泣いちゃうんだからしょうがないじゃん!」 「…なら泣き止ませてやらないとな」  ムードのへったくれもない中、イグナーツに渡されたローションの蓋を開けた。微かに甘い香りがする気がする。服を脱がせてローションを垂らしてやるとイグナーツが消え入るような声で呟いた。 「……初めて…だから優しくして…?」 「セバスティアーノともしていたらしいのに初めてなのか?あいつは初物と知ったら強硬手段に出るような奴だと思ったが?」  インキュバスであるセバスティアーノは初物の味が好きらしく女でも男でも未経験の人間は大好物だと語っていた。そんなセバスティアーノが初物と聞いて黙っているはずがない。それも若い男性と来たら彼の得意分野だ。 「…初めては魔王ちゃんとしたいってお願いした…」 「泣いて懇願でもしたか…」  多額の借金を背負った上闇金か何かにも手を染めているような男がそういったことを全部避けてきたことにも驚きだがインキュバスから逃げるとは。セバスティアーノは厄介な人が嫌いだから彼が嫌がる程泣いたかそれとも本当にお願いしただけなのかは分からない。それでも、いや何でもいい。そこまでして私とするのを楽しみにしていたのだから。 「初めてだと言うのにこんなローションも買ってきて…体で返す等というなんて…お前は本当にダメだな」 「ひぁっ!だ、だって…そうでもしないと抱いてもらえないかもって…」  何をどう受け取り間違えたら魔族にここまでの感情を抱くのか。仮にも目を失明させた上に父を殺したのは私なのだから憎んでいてもおかしくはないが。 「抱かれるのが快感かどうかも分からないというのに…」  本当にどうしようもないやつだと思いながら同時に愛しさを感じてしまう。人間はこうも純粋でまっすぐ生きていられるのが羨ましい時もある。だがそれが彼に教わったことだと言えばイグナーツは酷く嫉妬するのだろうな…。  期待からかピンと主張する彼のそれに指を絡めた。触れただけでびくりと跳ね上がっていてまるで生きのいい魚のようだ。 「ん!や、やぁ…///」 「何が嫌だ?」  首を左右に振り、腰をくねらせながらいやいやと抵抗する。散々欲しがった後に何を嫌がることがあるのか?問いかけると嫌じゃないけど嫌だと言いだしてまた泣き始める。その涙は枯れないのか。 「まおうちゃ…っも、もうイクッ…」 「早すぎるが?」  まだ始めたばかりだと言うのに限界を訴えるイグナーツに何となく意地悪をしたくなってグッと根元を握った。 「あひっ!ぅ……あ…それッく、クるっ!!」  ビクンと大きく跳ねて高い声を上げる。達したわけではないようだが、明らかに喜んでいるようでだらしなく口を開けて呆然としている。 「なんだ、こういうのが好きか?」 「そうかもれしない…♡」  今までの言動を何となく理解した気がした。苦痛を伴うものは嫌いだろうがマゾヒズムなのだろう。 「全く…どうしようもないな」  根元をきつく握ったまま、もう片方の手でしごいてやればいい声を上げて悦んでいるようだ。 「あヒぃ!やっ…やっばいそれっ!///ぁんっ!俺のちんちんおかしくなっちゃう!」 「1回おかしくなってみろ」  やだやだと首を振り続けるイグナーツに構うことなく扱き上げ、それと同時に乳首を舐めてやる。ビクビク震えながら快楽に悶える姿は堪らなくそそるものだ。 「ぁああっ!む、胸も………!きもちぃ!や、やだコレっ!」  このように可愛らしく啼くイグナーツを虐めない手はない。そう思う私は少し興奮しているのだろう。もっと私の手で、舌で、全てで、感じてくれ。気が狂うほど私のことだけを考えて欲しい。こんな汚れた独占欲を持っていると、イグナーツには知られたくないのに彼を虐めて啼かせて自分の欲を求めてしまっている。 「もっと感じろ、私を」 「ぅんっ♡」  根元を解放してやってキツめに扱く。焦らされた身体には強すぎる快楽なのかイグナーツはもう限界のようだ。 「ん"〜!!もうヤバいっ!!」  引き攣ったような声で叫ぶように声をあげた。色気のない声だと思いながらも熱くなっていくのを感じてつくづく私は駄目な奴だと思い知らされた。 「可愛いな、お前は」 「ぁぁああっ!!もう、俺っ…!!イッ…ク……!!」  イグナーツが激しく痙攣しながら果てた。それも酷い顔で。とてもではないが色気があるとは言い難いし、可愛げもなかったがそんな彼を愛おしく思ってしまうほどには毒されているのだろうな。顔に飛び散った精液を拭って、少し舐めてみる。濃い味をしていることからイグナーツはあまり一人ではしないのだろうか。確かに一連の行為の中で慣れているような素振りは一切なかった。恋人も作らず女遊びもしないというのは事実のようだ。 「気持ちよかったか?」 「うん…すっごかった…」  荒い息を吐きながら遠くを見ている。余韻がすごいのかもじもじとしており、こちらにすり寄ってくるような素振りもする。 「では、こちらだな」 「ぅあ!?ま、まって!今ダメ!」  ローションと精液がまじり合った液体を潤滑油にしてそっと指を挿入した。初めてだからだろうか、あまりスムーズに奥に挿入っていかない。力が入っているようだが今の彼に力を抜けだの言ったところで実行に移せないのは目に見えている。どうにか力を抜かせようと試みるが初めてそんなところに指を入れられているのがよほど違和感があるのだろう。全く効果がない。 「初心すぎるというのも問題か」  少しずつ慣らすように丁寧に動かしてやれば少しずつ受け入れ方を理解して来るはずだ。イグナーツも嫌がっているわけではない。まだ受け入れ方を知らないだけなのだから。 「んん~………なんか変な感じ…」 「痛くないのならいい。すぐに慣らしてやる」  こんなことを言っているとバスティにバレたらどれだけ揶揄われるだろうか。間違っても私がいつも女役だとバレないようにしなければ。女性経験はある程度あるものの、男性を抱いた経験は数えるほどしかない。夢を見ているイグナーツの夢を散らせるわけにはいかないといつになく格好つけた言葉を吐いているのが自分でも恥ずかしい位で。 「ぅあ…そんなの…」  期待に胸を躍らせて欲しがるように見つめてくる。先ほど達したばかりだと言うのに彼の陰核は反り返って蜜を垂らしている。イグナーツが何を期待して、何を待っているのか、どうして欲しいのか痛いほど伝わってくる反面、初めてをわざわざ私に捧げてくれるという彼を傷つけたくないとも思う。 「可愛いな」  雰囲気にのまれながら熱い息を吐く。私がこんなことをする日が来るなんて思ってもいなかったが悪くはない。 「可愛くないもん!」 「そうか?私には可愛く見えるぞ」  それは私の本音だった。私からしてみれば彼はまだ赤子のようなものなのだから。 「な、なんか、それやばい…、ちょっとまって…」  違和感が少しずつ薄れていっているのだろう。異物感より快楽を感じるようになっていけばセックスは娯楽のようなものだ。私は案外嫌いじゃない。むしろ好きかもしれないくらいだ。 「その感覚でいい、それが気持ちいいというやつだ」 「ほ、ほんと??なんかちんちんの気持ちいとは違うんだけど…」 「それでいいんだ」 「……んっ、魔王ちゃん、実は経験…アリ?」 「ノーコメントだ」  少しずつイグナーツが快楽の色に染まった顔になっていく。それでいい。とろんとした目になってきたところで指を引き抜いた。 「ぅあ!な、なんで…きもちかったのに…」 「本番があるだろう」  色っぽいイグナーツをみてすっかり固くなったそれを彼の秘所に押し当てる。びくりとイグナーツが震えるがそれは嫌がっているというより期待で震えているというような反応だった。目を見て、嫌がっているかを一応確認したが期待の色でいっぱいだ。 「ぁ…」 「痛かったら言え」  イグナーツの腰をつかんでゆっくりと押し入っていく。慣らしたかいあって一応入るもののまだ受け入れ方を知らないせいでスムーズとはいかない。 「んんん~!!しゅご…、魔王ちゃんの、魔王ちゃんのがぁ…!!」  痛くはなさそうだ。びくびくと体を震わせて体をのけぞらせている。意外と素質はあるようだ。 「これが、”はじめて”、か…」 「ど、どう…?」 「きついな」  きついが悪くはない。初めてというのは。私だけなんだと思えるのは優越感がある。それに締りがいいのは私としても気持ちがいい。半分くらいを入れたあたりで一息をついた。 「んぅ…えっちって、結構大変なんだなぁ…っ、あぅ…」 「男女でやるならもう少し楽かもしれないがな、人によるものだ」  初めてを貰ったのは初めてではないが、こういうものは人によるものだ。するっといける人もいれば慣らしても全然ダメな人もいる。同性ならなおさらだ。元々性交するためのものではないのだし。 「魔王ちゃん経験凄そう…」 「…、300年も生きていればそうもなる。意図したものではない」  すこし思うところがあるから、むっとしてしまってグイっと奥まで突き入れた。 「ッア!!まっ…!!ご、ごめんって、ぅああ、おく、すご…」 「ほら、ここからが本番なんだ、頑張れ…?」 「ぅう…優しくしてほしいのになぁ…」  深く繋がりあって深く愛し合うのは今からだ。好きなだけ啼かせてやりたくなる。きっと今日は眠れないな。 ※更新が滞っているため、この先を5.5とし、後日公開予定です。

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