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番外 バレンタインを教えて

 あまりにも気だるい。よくあることではあるけれどこの時間が一番体が重いのだ。 「イグナーツ、そろそろ服を着ろ」 「やーだ動きたくないもん」  ゆらゆらと羽を揺らして俺を見下ろしているのは紛れもなく魔王。いつもの表情より少し気だるそうだ。そう、後だからだ。魔王に金をせびりに来るのはいつものことだが、ある時を境にその代金を体で払わされている。払わされている、とはいうものの合意の上でしているからただ抱かれているのに近いのだけれど。魔王は今、側室もいなければ正室もいないのだとか。だからというのは少しおかしな話だが、利害の一致と言えば一言ですむ話だ。俺は金が欲しくて、魔王はたまには発散したい。それが今の俺たちの関係。 「人は風邪をひきやすいそうだな、体が冷えないうちに着ろ」 「優しいじゃん。惚れちゃう」  特に付き合っているとかそういうのではないし彼にしてみれば恋愛感情などないのかもしれない。生殺しだなぁと思いながらもその関係に甘え続けているのだから自分のせいだ。 「…まぁ、な。御前が剣を向けるなら優しくする道理はないが、何もしないなら人間を痛めつけたくはない」  人間だからという彼に向って思い切り嫌な顔をしてやった。それを見た魔王は困った顔をする。 「誰でもいいってことでしょ~…」  そういうことではないと言う魔王から目を逸らして、むすりとふくれっ面をする。王という身分で、尚且つ魔族の彼には人間の一般庶民の感情など分からないのかもしれないがそれを踏まえたうえで好きな人に誰でもいいかのような言われ方をするのは好きではない。 「私であっても好みはあるのだからな?気に入らない奴を抱いてやる趣味は無い」  拗ねていると気が付いたのかゆっくり頭を撫でてくれた。人間よりも体温が低いから冷たい指にヒヤッとすることもあったが、やっぱり優しい。あの日からずっと忘れない優しさ。 「せめて「好きじゃない奴を抱かない」じゃなくて好きだから抱くって言ってくれない?」 「…私の身分も考えてくれ」  彼がこうして俺を抱いているときに聞き耳をたてられていない保証はないらしい。基本衛兵も下がらせているのだが、勇者としてここにやってきている人間と二人きりになっている状態が気に入らない者はいるのだろう。我儘を言い過ぎたかもしれない。 「嘘でもいいんだけどな………」  今日は弱っているんだろうか。どうしても愛を囁いてほしかった。嘘偽りの演技であってもいいから一度でいいから好きだと言ってくれはしないか。 「イグナーツ…」  滑らかな髪が晒された肌にかかる。なんだと思って振り向けば目の前に彼の顔があった。 「うわっ、な、何………」 「Miluji tě………」  赤面するイグナーツに魔王はささやかなキスをした。意味をすぐに理解したイグナーツが両手で顔を覆う。それを気にすることはなく、耳元で言葉を紡いだ。 「先に言う、申し訳ないが君が思うように愛してやることは出来ない。私はこの国の王であり子孫を残さねばいけない身であり、人間に敵だと思われている身のものだ。だから君が望む愛をくれてやることは出来ないだろう」 「………うん」 「ただ、その上で、だ。私に好意を寄せてくれている君が悲しまない程度には愛していきたいとは思っているよ」 「…、あ、ありがと…」  魔族の長としてどれだけの制約があるのか分からないが彼はその中で「愛してくれている」のだろう。その愛が恋愛感情であるかどうかは置いておいて今Miluji tě(愛している)と言ってくれたのは本当の気持ちだ。 「人間は魔族よりも嫉妬深いと聞くから、今私がしていることも君を苦しめるだけなのかもしれないがお前が魔族であったなら側室に入れてやってもいいと思うくらいには好いている」 「え!?うっそだろ…!?初めて聞いたんだけど!!」 「ああ、初めて言ったからな」  あまりにも動揺して飛び上がった。心臓が壊れそうになる。 「魔王ちゃんの好きピだったとか………テンション壊れるわ………」 「今日はそういう日なんだろう?」 「んぇ?」  何のことだ?と思って彼を見上げれば今朝あげたバレンタインの砂糖菓子の袋を持っている。そうだった、バレンタインを知らないという魔王ちゃんに教えたのは他でもない自分だった。 「日にち………変わってるけどな…」 「時差があるということにしておけ」  そんな馬鹿な、と言いつつもものすごくうれしかった。即ち告白にOKしてくれたということなのである。 「その『ヴァレンティン』かなにか知らないがそういう日があるときっかけが出来ていいかもしれないな」 「バレンタイン、な。ほら食べさせてやるって、あ~ん」  手に持った砂糖菓子を取り上げて魔王の口元に持っていく。俺たちのバレンタインはまだまだこれからだったということだ。そうとわかれば気だるくゴロゴロしている場合ではない。 「こら、それぐらい自分で食える」 「いいの、あ~ん♡」  嫌がる魔王にわざと高めの声を出して食べさせる。軽く指を舐められた。 「………甘い」 「そりゃお菓子だし当たり前じゃん」  可愛いらしい女性受けしそうな菓子は正直俺たちには似合わなかったがいちゃつくには十分だ。 「おい、今日はかなり抱いてやったはずだが?」 「魔王ちゃんが好きとかいうからだろ~」  お菓子の箱ごとベッドに散らかして横になった二人はそのまま少しずつ熱を持って濃厚に触れ合って行った。 「馬鹿か貴様………。泣いて詫びてもしらんぞ」  嘘つき。嫌だと言えはやめてくれるくせに。本気を出せば握りつぶせるような手を優しく握ってくれるくせに。 「いいよエストラム。好きなだけ抱いて?」 「………イグナーツ、気を失ってくれるなよ」

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