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第6話

「お城で、宴会……ですか?」  城に向かうのに、いつもの変装をしないゼクスにテアが尋ねてきた。それに答えると、良く分かっていなさそうな口調の答えが返ってくる。 「そうだ。今日は辺境伯たちが王に挨拶に来る日だから、日頃の苦労を慰撫するためにな。彼らのほとんどは王族につながる大貴族で、国の要所を治めている。隣接している国との、外交の中心でもあるから、陛下も楽しみにしている……ということに、なっている」 「でも、イグナ……へいかがいるのに。変装しないのか? あ、しないのですか? 必要だろ……です」  テアは、少しずつファベルのことや、ゼクスの周囲のことも学んできている。どうして王の『影』としてのゼクスが今日必要なのか、まだ答えが出せていない様子だ。だが、ゼクスも正解を教えるつもりはない。 「テア。良かったら、今日一緒に城まで行かないか。陛下からも誘いがきている。早めに着けば、庭にまた連れて行ってやれるが」  ゼクスの誘いに、ぱあっとテアの表情が明るくなる。テアの視線がゼクスの髪に向けられているので、素のゼクスと一緒に行けるのが嬉しい、といったところだろうか。「行きたい! です」と大きな声で返した後は、侍女たちが先に部屋へと戻り、衣装の準備を始める。そのうちに、使用人に案内されたルアフが部屋に入ってきた。 「おや、今日もテア殿は元気ですね……我らが主も、随分ご機嫌が麗しい様子」 「……もしかして、私は今、変な顔をしていたか?」  微笑ましい気持ちでテアを見ていたのだが、無意識に口元が緩んでいたかもしれない。「いやいや」と笑いながら否定したルアフが、ゼクスの近くの長椅子に慣れた様子で座った。ルアフに気づいたテアが、足を引きずりながらも近づいてきて、挨拶をし、侍女たちに部屋へと連れて行かれる。ここ最近は、ゼクスが紹介した人間にはちゃんと挨拶ができるようになってきていた。体格の良い男が苦手、というところは変わらないが、それでもちゃんと相手を見て、挨拶をする。背中の翼を元に戻してやることはもうできないが、少しでもテアの居場所を作ってやりたいと願うゼクスには、嬉しい変化だった。 「……アストレアに見える衣装は避けてくれと、以前言わなかったか?」 「それが、陛下より贈られてきたものでして。ご主人様にもお話がいっているとばかり思っておりました」  自室で着替え終えたテアが、侍女に助けられながらゼクスたちのところに戻ってきた。その姿を見たルアフがぽかんと口を開く中、ゼクスは思わず眉根を寄せてしまった。侍女たちがテアに着つけたのは、アストレア族の正装と思われる衣装だ。布がふんだんに使われた、白いドレスにも見えるゆったりとしたシルエットの内着は襟ぐりから背中までが大きく開いていて、ほっそりとしたテアの首や鎖骨のあたりが露わになっている。その内着を青いベルトで留め、青の上衣を羽織っている。上衣も床を引きずるほどに長く、襟元や裾のあたりにも細やかな刺繍が施されて豪奢に見える上に、額から首元、腕などを装飾品で飾られている。普段はゼクスたちと同じシャツにズボンという軽装をしていることが多いので、歩く度にひらひらとするアストレアの衣装は歩きにくそうだ。本来なら、翼のために背中も剥き出しのままなのだろうが、翼を失ったテアのことを考えてか、上から羽織るものがある点だけは安心できた。 「……アストレアが異界の神の名を持ち、詩になるのも分かりますなあ……これ程までに美しいと、何か直視してはいけない畏れのような感じもして……」 「そうだな。直視はやめてくれ」  呆然としゃべり続けるルアフを横目にそう短く釘をさすと、ゼクスは侍女が手を離したテアを抱き上げた。布のせいか、いつもと抱く感触も違う。かっちりと作られたファベルの服とは違って、思ったよりも薄いその布では、抱き上げて触れている部分に、テアの体温やら身体の線やらが分かってしまう。ゼクスの私邸に来てから幾分かは体重も増えたが、それでも軽いままだ。当然、触れた腰のあたりも細いのが分かって、ゼクスは何故か動揺した。 「ちょうど、服が隠れるくらいの長さの外套も一緒に届けられておりましたので、それを着ていけば大丈夫と思いますが……ご主人様とテア様、まるで一対の名画のようですわ。なんてお似合いなのでしょう」 「……テア。熱があるのではないか。やはり、今日は屋敷で待っていなさい」  侍女たちが感嘆の声を上げるのを聞き終えてから、ゼクスは思わずテアに留守を勧めた。テアの体調は常に侍女たちも注意しているのだから、熱があるわけもない。しかし、この美しい姿をイグナハートや他の者たちに見せたくない気持ちが強く出てしまった。そんな己に動揺しているのだと、ようやくゼクス自身も気づいたが、本人よりもゼクスの感情の機微に聡いルアフが、苦笑いをしながら立ち上がった。 「ゼクス、様。この格好、変ならいつもの服に戻るよ……です。俺、庭師さんに会いたい」 「テア殿がおねだりなんて、滅多にないでしょう? 陛下も、殿下が喜ばれると思って贈られたのではないですか。皆の前でお披露目するわけでもないですし、連れて行ってあげたらいかがです?」  滅多に、ではない。テアはゼクスたちが思っていたよりもずっと、何も求めない。与えられたものは嬉しそうにするが、ねだるどころか我儘を言ったこともない。私邸の中では明るく振舞っているが、意識して甘えるといったこともしない。『そうしてはいけない』と躾けられていることに気づいたのは、いつからだったか。  だから、本当にめずらしいテアのおねだりは、ルアフに助言されなくても分かっている。 「その格好では、土いじりはできないがいいか? ルアフは、私が傍にいられない時も、テアにずっとついていてくれ。陛下の侍従たちもいるだろうが、いざという時、テアを助ける人間が必要だ」  テアがぱっと明るい表情になり、ルアフが「承知しました」と頷き返した。

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