11 / 23

第11話

 ゼクスが庭園にテアを迎えに行くと、談笑する声が聞こえてきた。だが、庭師とその子どもたちだけのいつもの光景ではないことに気づき、自然とゼクスの眉根が寄った。テアを囲んでいるのは、モンフォワ家の子息たちだ。晩餐会の時は、あまり仲が良いように見えなかったパルミロとアベラートが共にいる。少し視線をずらすと、テアの近くにはルアフが控えており、少し離れた場所で庭師が心配そうに様子を見ていた。 「おや。テア様も、ご同行されていたのですね」 「庭園がとても気に入ったそうだ。……ところで、モンフォワ家の子息たちは、まだ滞在していたのか」  左様ですと、庭園まで送ってきてくれた王付きの侍従の一人が頷く。もう既に、辺境伯たちは自分たちの領地に帰っているとばかり思っていた。侍従はイグナハートがし忘れたこの話を伝えるために、ゼクスに付いてきたらしい。 「モンフォワ公は先に領地へ戻られていますが、アベラート殿に宮中でのマナーなどをもっと学んでほしいとのことで、ご子息たちだけ王都にある私邸にもう少し滞在されるそうです。今度の舞踏会にも参加されるとか。パルミロ殿は、そのお目付け役として残られると聞いています。ただ、報告によるとアベラート殿には疑わしい動きが見られるとのこと。頻繁にファーウム川の近くにある、旧グラウス邸に足を運んでいます」 「旧グラウス邸……?」  以前テアを保護した、かつての貴族の館も川の近くだった。符号はそれだけだが、イグナハートも怪しいと考えていることから、いつかそこに足を踏み入れることになるだろうな、とゼクスは思案した。  彼らに近づくと、楽し気に会話しているのが聞こえる。パルミロが顔を赤くしながら、一生懸命に話しかけ、テアもそれに笑顔で返事をしているのが意外だった。アベラートは退屈そうに腕を組んで、二人のやり取りを少し離れた場所で見ていたが、ゼクス――ファベル王にしか今は見えないだろう――に気づくと、ぱっと起立した。 「楽しそうだな。俺が混ざっても、大丈夫だろうか」  イグナハートは、親しい人間の前――プライベートの時は一人称が『俺』になる。意図してそう使うと、振り返ったテアが不思議なものを見る表情になった。パルミロも『ファベル王』に気づき、慌てて礼をする。 「何の話をしていたんだ?」 「王城の庭も立派ですが、モンフォワ家から見える丘陵地帯も美しいと自慢しておりました。いつぞやの美しい歌い手殿と思わず再会できて、気持ちが高揚しています」  顔を赤くしたままのパルミロはそう言ってから、照れ笑いをした。 「ああ、そうだ……テア殿。こういった装飾品はお好きだろうか? もしかしたら、貴方に会えるかもしれないと思って、持ち歩いていました」  パルミロはテアの前で膝をつくと、持参していた首飾りを取り出して、テアの手のひらに乗せた。ゼクスがその様子を見ていると、アベラートが近づいてきた。 「陛下。まさかこんなところでお会いできるとは思いませんでした。ところで、あの美しいアストレア族……どこで買われたのです? 黒い髪なんて、初めて見ましたよ」 「買ったわけではない。訳あって、保護することになった。我が国において異種族の売買は違法で、重罪だ。知らないのか?」  テアを――アストレア族を、売買できる商品と考えている男に嫌気がさしたが、あえてゼクスとしての感情を押し殺しながら返す。「ふうん」と不遜な相槌が返ってきた。 「そういえば、そうでしたねえ。しかし、あのアストレア……折角の変異種なのに、翼がないんじゃ意味がないなあ。子が作れないのでは、価値がないですよね。変異種のアストレアと他の種族をかけ合わせたミックスなんて、高く売れただろうに……ああ、でもアストレアの雄の翼をわざと切り落として、男の相手にさせる嗜好も聞いたことがありますよ。翼を子どもの頃に落とすと雄でも声が低くならないから、あの時の声が大層良いとかで……まあ、そんな身勝手な理由のせいで、彼らはもうほとんど生き残っちゃあいないんですけどね」 「――俺が、誰か分かっていてその話をしているのか?」  陛下、と近くにいた侍従から声をかけられて、ようやくゼクスは自分がアベラートを睨んでいたことに気づいた。深く息を吐き出し、普段のイグナハートを意識してから相手に再度視線を向ける。「下品でしたかねえ」とアベラートは笑っていた。 「貴殿も、モンフォワ家の一員を名乗るのであれば、我が国の法はしっかり学ばれると良い。――テア。そろそろ行こう」  うん、とテアが返事をして立ち上がった。勢いよく立ち上がったせいで、バランスを崩してぐらりとするのを、パルミロが支えようと動く。そこから掻っ攫うようにゼクスが抱え上げると、テアがゼクスの名を呼びそうになった。 「……んっ」  深く口づけすることでそれを防ぐと、テアが小さく喘いだ。ぽかんとした表情でこちらを見ているパルミロと、視線が合う。ゆっくりとテアから顔を離すと、テアが慌ててゼクスの肩に自身の顔を押し当ててくるのを感じた。 「パルミロ。弟の躾けはしっかりしてくれ」 「は……承知しました。い、以後……気を付けます」  テアを抱き上げたまま、パルミロの返事に頷くと、庭園を突っ切り、王にしか入れない後庭へと、入った。

ともだちにシェアしよう!