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第12話

「テア。私がこの姿で城にいる時は、陛下、と」 「ああ、そっか。ごめんなさい」  見たことがない場所に連れてこられたテアは、目をまん丸くして驚いている。テアを連れてきたのは、王やその妃だけが入れる後庭だ。後庭にある大きな門を潜ると、そこから先は後宮に続いている。前庭にある庭園よりも規模は小さくなるものの、王が安らげるために造られた場所であるため、木々は多く、小さな川が流れていた。 「ゼ……陛下、なにか怒っている……です?」 「怒ってはいない。……随分と、パルミロたちと仲良くなったみたいだな」  ここには、侍従やルアフも入れない。ゼクスも、ここにはイグナハートの代わりをしていても訪れたことなど滅多にないが、衝動的にテアを連れてきてしまった。しかも、思ったよりもテアを責めるような言い方をしてしまう。 「やっぱり怒ってる。なんで? ……イグナたちと、仲が良いから仲良くしなきゃって、頑張ったのに」 「……パルミロが、お前の好きな相手なのか? 嬉しそうに話していただろう」  自分が、どういう表情をしているのか。それを教えてくれるイグナハートの侍従もいない今、自分でも分からなくなってきた。ゼクスの一言に、かあっとテアの顔が真っ赤になる。まさか本当に相手はパルミロだったのか、と思った瞬間、どんと胸を押されてテアがゼクスの中から逃げ出した。 「なんで、そうなるんだよ!!」 「首飾りを、受け取っていたじゃないか。テアは知らないかもしれないが、首飾りを相手に贈るのは求愛の意味があって……」  うまく歩けず、地面に座り込んだテアが立ったままのゼクスを見上げてきた。それからふいっと視線を逸らした後、「受け取ってない」と呟くのが聞こえた。 「――受け取っていない?」 「求愛とか、そういう意味があるなんて知らなかったけど。俺は、パルミロの気持ちを受け取れないから……です」  段々とテアの顔が俯いていく。  「あんたが、なにを考えているのか、さっぱり分からない」  吐き出すようにそう呟かれた言葉の意味が分からず、ゼクスはテアの隣に座ろうとしたが、その時小さな生き物が駆け抜けていった。「うわっ」とテアが驚く声を上げながらそれを避けようとし、座ろうとしていたゼクスにぶつかってきた。転びそうになっていたテアを難なく抱き留めたが、結局二人で地面に転がることになり、ゼクスの腕に支えられていたテアがゼクスに乗り上げる格好になった。 「いっ、今のなに? めちゃくちゃ動きが速かった」 「リスだな。ここには天敵がいないから、リスたちの楽園なんだ。近くで見れば、なかなか可愛い顔をしているぞ。凶暴だけどな」  先ほどまで怒っていたのに、突然の闖入者に驚いたテアが、ぎゅうとゼクスの外套を握りしめている。 「動物なら、何でも好きというわけじゃないんだな」 「当たり前だろ、俺は神様じゃないんだから。人間だって動物だって、好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いだ。……ヘビなんて、最悪。あいつら、俺たちのことエサとしか思ってないんだもん」  またすっかりとテアの言葉遣いが戻っている。だが、「神様じゃない」という言い方はテアらしく思えるし、蛇と会った日には硬直するテアが思い描ける。思わず笑うと、テアが「ひどい!」と抗議してきた。 「本当に、怖いんだぞ、あいつら。こうっ、こうやってするするって、人の服に入り込んでくるんだから!!」  ゼクスに跨ったままのテアが、ゼクスの顔に己の顔を近づけると、ゼクスの上衣の後襟に手を差し入れてきた。「な、気持ち悪いだろう?」と真面目な顔で尋ねてくる。 「……テアがやると、逆効果だな」 「逆ってなんだよ?」  意味が分からない、とテアの顔に書いてある。ゼクスにしがみついた格好になっているテアをそのままにしてしっかりと上体を起こすと、お返しとばかりにテアの上着に手を下から差し込む。驚いたのか、テアの身体が震えたが、すぐに「くすぐったい」と笑い出した。薄い背に直接触れていると、触り心地の良いその肌にただ触れているだけなのが惜しくなってくる。 「テア――」  そのまま抱きしめて、テアに口づける。それは一度だけでは終わらず、段々と深いものに変わっていく。 「ぜ……ゼ……ク、スっ」 「テア、また間違えている」  お互いの顔を少し離してから、意地悪くゼクスが言うと、テアが涙を滲ませた目で見てきた。怒るのかと思ったのに、「ごめんなさい」と返してきた。 (この表情は……止まらなくなる)  さすがに自制したゼクスが、テアを一旦身体から離して立ち上がった。 「叱ったわけじゃない。私も、これ以上後庭にいたら叱られそうだ。屋敷に帰ろう。ここから、王族しか知らない抜け道があるんだ」  抜け道、とテアが興味を惹かれた様子を見せた。テアと自身の衣服を整えて、木々に覆われた場所にある隠し扉を、首にかけていた鍵で開く。あえていつものように抱えて運ぶことはせず、テアの手を引きながらゆっくりと扉の向こうへと足を踏み入れた。 「王族しか知らない道なら、俺が知っちゃダメなんじゃないのか……ですか?」 「言い方が悪かった。王族しか開くことができない……『失われた咒術』が使われている。アストレアが異界の神と呼ばれる存在なら、この世界の神と呼ばれた種族――マーギアたちが、この城をつくる際に力を貸したという謂れがあるんだ」  へえ、とテアが相槌を打ってきた。しかし、マーギアもアストレア同様に、彼らが持つ美しさや能力から人々に狩りつくされ、もう滅んだ種族と言われている。   それをテアに説明するべきかどうか悩み始めたゼクスだったが、ぴたりとテアが足を止めたことに気づいた。 「……ぜ、ぜくす……めっ、目の前……ヘビ」    扉から一歩足を踏み入れると、細い道が施されたちょっとした森の中に入る。人は限られるものの、野生の獣たちの往来は自由だ。目の目に現れた天敵に、ゼクスの想像通りにテアは硬直し、それからゼクスに救いを求めて、猫が高いところに昇るように飛びつくのだった。

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