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第13話

「へいかの、誕生日なんだ……ですか」 「さようです。舞踏会も陛下の誕生日を祝福して行われるのです」  いつものように髪を染め、眼鏡をかけて外出したゼクスを見送った後、侍女たちに勉強を見てもらいながら、明日行われる舞踏会のことをテアは聞いた。 「……ということは、ゼクスも誕生日、ですよね」 「テア様、また敬称を忘れてますよ。もちろん、ご主人様もお誕生日ですが……明日は登城されて『お仕事』の予定ですから、一日遅れでお祝いをすることになりますね」  テアに微笑を添えて返してきたのは、中年の侍女のリュエットだ。言葉遣いを間違えると即座に注意されるが、食事の作法や勉強など、ほんの少しでも、テアが頑張ったことを見つけると、すぐに褒めてくれる優しい女性である。もう一人はコレットと言い、主に衣服などを担当している。とにかく明るくて、歌うことも大好きだ。コレットから教えてもらった歌も、少しずつ増えてきている。  ゼクスとファベル王であるイグナハートは双子だ。顔から声、背の高さや体つきまで何もかも同じ。彼らの違いは、ゼクス側につけられた焼き鏝の痕くらいだと言うが、テアはそう思ったことはない。確かに王の振りをしている時は、話し方や笑う癖など、イグナハートかと思うくらい真似がとても上手だ。しかし、普段テアと朝食や夕食を過ごしたり、休日に構ってくる時の素のゼクスは、イグナハートとはまったくの別人だ。偶然、イグナハートと双子の弟に生まれついただけなのに、人間たちは酷い運命をゼクスに押し付けている、と思う。 (ゼクスを連れて、飛んで逃げられたらいいのに……)  テアの背中にあった双翼は、ゼクスたちに救出される前に失ってしまったので、今更どうしようもない。第一、双翼が揃っていたとしても、テアの力ではゼクスを抱えて飛ぶなんてことは不可能だろう。だからせめて、ゼクスにはたとえイグナハートが亡くなったとしてもずっと生きていてほしいのに、それは許されないという。  ふと、首飾りの話を思い出した。ゼクスは首に、王族だけが持つという鍵はかけているが、首飾りをしているのは見たことがない。求愛のために首飾りを贈る話を思い出して、テアは途端にそわそわとし出した。  テアは、ゼクスのことが大好きだ。ゼクスにはまったく伝わっていない気がするけれど。初めてあの屋敷から連れ出してもらった時、格好良くて面白い人間だなと思ったことが契機だった。良い声をしているのに、人間が怖くて仕方がなかったテアが笑ってしまうくらいに、ひどい音痴なのが面白い。整った男らしい精悍な顔が、テアと話している時だけ崩れて笑うのを見た時も、心が動いた。テアが、まだ食事前の折檻に怯えていた時に笑わせてくれたりと、本気でテアを救おうとしてくれたのが心に響いた。  ――そんな人間は、今までいなかったし、現れるとも思っていなかった。  アストレアは、確かに特別な種族として扱われることが多いとは感じる。しかし、人と同じく人格や心を持つ生き物なのだと、見做されないことが多い。それはたとえば、珍種のペットと同格だったり、しばしば『物』として考えられることすらあった。ゼクスの私邸に来るまでのことは、なるべく思い出したくない。あまりにも苦しかったり、辛かったことは記憶がない部分も多い。命の次に大事と思っていた双翼は、次の飼い主のリクエストだからと言われて、あっさりと奪われた。あの痛みで死ねると思ったのに、自分はまた目を開いてしまった。  ……あの時。ゼクスたちがあの夜、踏み込むことなく、次の飼い主に買い取られていれば、『仕上げ』として二度と歩けないように完全に両の足を潰してから、『出荷』されることになっていた。そういう話をすると、ゼクス自身が傷ついたような目になるので、秘密にしておくことにしたけれど。  そして。ゼクス自身の『もの』は持てないというのなら、押し付けようとテアは決心した。  翼をもがれた時は、身体中がとてつもない痛みに襲われて死ぬかと思ったが、ゼクスが以前、毒で昏倒し、普段穏やかに笑う健康なゼクスの顔が青白くなっているのを見た時は、心から血が噴き出すかと思った。「目が覚めないまま亡くなるかもしれない」、「覚悟しろ」と言われても、覚悟なんてできなかった。だから、次にそんなことがある前にいなくなりたい――逃げ出したい気持ちが、少しだけある。しかし、それ以上にゼクスの傍にいたい気持ちの方が強い。せめて、ゼクスがテアを受け入れてくれたら。先に置いては逝けないというくらいに思ってもらえたら、なんて願ってしまう。 「あの。俺、街に行ってみたい、……です。ゼクスに、プレゼント買いたい」  ゼクスの敬称をまたつけ忘れてしまい、思わずリュエットを見てしまった。しかし、いつもならすぐに注意してくる年配の侍女はもう一人の侍女、コレットと顔を見合わせた。変なことを言ってしまっただろうかと思ったが、二人が満面の笑顔になったのでテアも安堵する。 「それは、とても素晴らしいアイディアですわね」 「ぜひ! ぜひ、ご主人様が喜ぶものを探しましょう!」  二人とも一気にテアに駆け寄ったので、発案したテアの方が圧倒されてしまった。二人が賛成してくれたのは良かったが、もしゼクスに受け取ってもらえなかったらと思うと、二人には何を買うかは、まだ秘密にしておきたい。一人で行ってみたいと話したが、それはきっぱりと却下されてしまった。 「じゃあ、ルアフは? 忙しいかな」 「ルアフ様ですか……そうですねえ、でもルアフ様はご主人様の護衛役でもありますし」  うーん、と三人で考えている時だった。まるでタイミングを見計らったように、ルアフが来た。明日のためにイグナハートが用意させたというテアのための衣装や装飾品やらを届けに来たという。ゼクスは明日の打ち合わせでまだ帰れないとも言われて、テアは帰ろうとしたルアフの上着の裾を掴んだ。 「あの、ルアフ……殿。ゼクスに、プレゼントを用意したくて。途中まででも良いから、街に連れて行ってもらえない……ですか?」 「ゼクス殿下に? ……そんな、途中でテア殿を置いてきたなんて言ったらとんでもないことになる。良いですよ、お供しましょう」  テアが言ってダメなら援護するつもりだったらしい侍女たちからも、「ありがとうございます」と次々に声がかかり、ルアフはまんざらでもない表情になって言葉を続けた。 「何を贈られるかは、決まっているのですか?」 「決めてる……ます。でも、お金がないので先に幻獣の取引をしているお店に行かないと。……アストレアは羽根だけでも、売り物になるって言われたことがあるんだ……です。背中に残っている羽根を売って、お金にしようかと」  今まで、笑顔で話を聞いていたルアフが、顔を青くしながら音を立てて椅子から立ち上がった。微笑を浮かべていた侍女二人も、何故か顔が青くなってから慌ててどこかへと走り去る。彼らは一体どうしたのだろうとテアが思っていると、頭を抱えてルアフはゆっくりと椅子に座り込んだ。 「……テア殿。背中に残った羽根を売ってプレゼントを買ったとしても、殿下は絶対に喜びません。むしろ泣いちゃいますよ、貴方がまた傷つくことがあったら。殿下に内緒で用立てるくらい、この屋敷の人間にもできますし、彼らに言いたくないのなら自分にお申し付けください。貴方が幻獣の取引をしているところになんて行ったら、羽根どころか貴方ごと連れて行かれちゃいますよ」  でも、とテアが言い返そうとしているうちに、侍女たちが戻ってきた。 「先日、テア様が陛下の依頼で歌われたことに対して、陛下からご褒美が出ていたのを思い出しました。これなら、テア様のお金です。こちらをお使いください!!」  リュエットに叱られても、後でこっそり慰めてくれるコレットが、鬼の形相でテアに財布を握らせる。反対にリュエットは顔を青ざめさせたままだ。強い力でコレットに財布を押し込められ、さすがにいらないと言える雰囲気ではない。「あ、ありがとう」と何とかテアが言うと、ルアフが「心臓に悪い」とぼやいた。

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