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第15話 *
「陛下が、戻られました」
王の寝室の前で侍従が声をかけると、中でイグナハートと待っていた侍従の一人が扉を少しだけ開けて、ゼクスたちがいるのを確認して中へと引き入れた。イグナハートはゼクスの姿を認めると、「遅い!」と一声を上げる。遅いも何も、本来なら今日は一晩ゼクスがファベル王として振る舞う予定であり、中座は予定外のことだ。しかし、既にイグナハートはゼクスが着ているものと似た衣装を整えている。イグナハートはゼクスに近づくと、猫にでも引っかかれたような赤い線がついた己の手のひらを見せてきた。
「テアが、ゼクスじゃなきゃ嫌だって暴れているぞ。……俺じゃ、お前の真似は出来ないからな。それに、お前もテアのことが心配だって顔に出てしまっている。俺の身代わりなんて、今日はもう務まらないだろう。たまには、自分のお誕生日会に出てみるのも良い。あ、ルアフは貸してくれ。ルアフの鼻はよく利くからな」
「……役目が果たせず、申し訳ありません」
イグナハートはゼクスに向かってひらひらと手を振ると、侍従たちが自分たちの主に付き従う。王の寝室から扉一枚で続いている、本来なら王妃が使う部屋へと入ると、明かりはほとんどついていなかった。大きな窓から入り込む月の光の方が明るいくらいだ。
「ゼクス様! 広間の方は良いのですか」
ルアフが歩み寄ってきた。良いのか、という割に、安堵した風なルアフの声を聞きながら、ゼクスは周囲を見回す。そうして、部屋の片隅に蹲るかたまりを見つけた。
「陛下と交代した。……テアの様子は?」
「何か、意識が混濁しているのかもしれません。とても怯えられていて。……申し上げにくいのですが、陛下がゼクス殿下のふりをして、慰めようとされたら……それはもう、大暴れで」
イグナハートから既に聞いていたことだが、イグナハートがしたことはテアにとって一線を越えるようなことだったのかもしれない。ルアフに、イグナハートの許に向かうように指示すると、部屋にはテアと二人きりになった。もちろん、隣あっている王の寝室にも侍従が残っているので、まったくの無人ということはない。しかし、まだ使う主のいない王妃の部屋は、よほどの大声を上げなければ廊下にまでは声が漏れないようになっている。王の隣の部屋を使えるのは正妃の特権なのだが、イグナハートはまだ正妃を迎えていなかった。
「テア?」
部屋の隅で蹲っているテアへと声をかけると、テアの身体が震えた。
「……ぜ、ゼクスも……来ちゃ、だめ……だ!」
「だめ? 迎えに来たのだが」
テアが私を呼んだのだろう、と小さくなっている背へと話しかける。それから肩へと触れると、身体を震わせてテアが飛び上がるように跳ねた。まさかそれ程驚くとは思っていなかったゼクスだったが、こちらを見上げてきたテアの顔が赤くなっていることに、暗い部屋に慣れてきた目で、ようやく気づいた。
「具合が悪いのか?!」
「ち……ちが……ああっ」
額にゼクスの手のひらが触れただけで、テアが高い声を上げた。それにゼクスが驚くと、テアがぱっと自分の口を塞ごうとする。慌てているせいでずるりとテアの上衣が肩から外れ、緩やかに巻かれていたストールも落ちていった。青年のものにしては薄い肩が剥き出しとなっている。
「お、さけ飲んだら……からだが、すごく熱くなって。おかしいんだ……! へんだから、触らないで……」
ぺたりと床に座り込んだ格好のテアに、自身が着ていた上衣を肩にかけて抱え上げようとしたが、ゼクスの手からも逃げようとする。床に倒れこみかけたテアの腕を掴んだその時、見慣れぬ首飾りがテアの首から零れ落ちた。
「テア、この首飾りは……?」
テアがしまった、という表情をするのが見えた。その表情を見た瞬間に――自分が、どういう表情をしたのかは、ゼクス自身にも分からない。
「ゼクス、だめだって……!」
「聞こえない」
守ろうと決めたはずだった。しかし、火照っているテアの身体を抱え上げると、正妃の間から扉一枚奥にある従者のための部屋へと入る。整えられた寝台へと無理やり運び、組み敷いてしまうと、ゼクス自身ですら知らない凶暴さで突き動かされていく。額に口づけてから、服では隠せない喉元に接吻の印を色濃く残す。だめだと言いながらも、ゼクスの身体に触れるテアの手のひらには力がこもっていない。それにも訳の分からない苛立ちを覚えながら、イグナハートが用意したアストレアの中着を暴いた。下穿きだけで、中着をほとんどそのまま身につけているため、テアの白い肌がすぐにむき出しとなる。
既につんと尖っている胸の飾りを口で銜え、舌で弾くように責めると、テアがまた高い声を上げた。喘ぐのも必死に我慢しようとしていたが、とうとう我慢の限界を越えたらしい。テアの下肢に触れようとすると、テアが慌ててゼクスの腕を止めようとしてきた。少し強く乳首を銜えると、テアが小さく喘いで、抵抗が弱まった。
「……テア」
「だから、……だめなんだよ……おかしい、こんなの。からだに触られたって、気持ち悪いだけ、だったのに……!」
テアの若い雄芯をゆるく扱くと、既に先走りの液で濡れている。テアのものを刺激しながら、その細い身体を暴いていくにつれて「きもちいい」とテアがうわごとのように繰り返し始めた。うつ伏せの姿勢にすると、無残に奪い取られた双翼の痕が現れる。骨を穿っているため、皮膚が張り出してきた今は赤い引き攣れの様となっていた。双翼があった名残を示すように羽根が少しだけ、翼のあった場所に生えている。装飾品のようにふわふわとしているその羽根――翼のあった場所に口づけると、またテアが喘ぎ、高い声を上げた。
「ああっ、ぜく……す、だめっ! ん……っ」
「ここに触れると、気持ちが良いのか」
ばか、とテアが泣きそうな声で返してくる。翼があったあたりを愛撫しながら再びテアの雄芯を弄ると、背中の刺激にあわせてびくびくとテアのものも震える。
「ぜ、ぜくすが触れるところ、ぜんぶ……きもちいい」
必死に寝台の敷布を掴もうとするのを上から押さえつける。従者たちの疲れを取るために、寝台の傍に常に用意されている香油を足しながら後孔をまさぐると、一際テアが高い声を上げた。テアが感極まって首を打ち振るたびに、そのほっそりとした首にかかる銀色の鎖が気になる。しかし、それは敢えて外すことはしなかった。――テアから、外してくれるのを期待しているのかもしれない。やがて、のろのろとテアが腰を動かした。
「……もう、おかしくなりそう、なんだ……だから……っ」
テアが腰を揺らすと、ほっそりとしているテアの下肢に、己の固く屹立したものが触れてしまう。誘うようなテアの動きにゼクスは応えた。最後に、テアが身に着けている他の男から贈られたのだろう首飾りの鎖があるあたりを噛む。テアが小さく悲鳴を上げたタイミングで己のものをテアの中へと穿った。テアの抵抗がないことをいいことに、嫉妬に駆られ、無理やり押し開いてしまったという後悔はある。しかし、今のゼクスは愛しい者の身体を手に入れたことへの歓喜が先立っていた。
(こんな感情など、知らない――)
テアが、自分以外の人間から、首飾りを――求愛を受けたことに対する、怒りや嫉妬も。テアが泣いているのに、身体を暴き、奥まで穿って自分のものにしたいと思う激情や、独占欲も。
「あぁああ、あっ……ふ、ぅ――――っ」
四つん這いになっているテアの身体を揺さぶるごとに、テアの声が高くなっていく。
「テア――」
「どうしよっ、……な、んか……ああっ!」
ふるふると頭を振るテアに口づけたくなり、仰向けに体勢を変えると青い瞳が潤みながらゼクスを見上げてきた。何かを言いたげなその唇を塞ぐと、そろそろとテアの指がゼクスの身体に触れてくる。何度か口づけをして、堪えきれなくなり、力強く律動するとテアがしがみついてきた。
「―――――っ!」
テアの耳元でゼクスが短く呻いて、テアの奥に己の遂情を迸らせ、テアも声にならない声を上げた。余韻を求めるようにゼクスが口づけると、顔を上気させ、恍惚のせいかぼんやりとしたまま、気持ちよさそうにテアが応えてくる。何度もそうしているうちに、テアが微睡むように目を細めたが、ゼクスがテアの首にかかっている首飾りに触れたところで、はっとして青い瞳を見開いた。
「あのっ! ちゃんと包んで、持ち込めなかったから……しかも、俺が先につけちゃったけど。……これっ、ゼクスに渡したかったんだ」
テアは、慌ててゼクスから身体を離すと、上体を起こしてぺたりと寝台の上に座り込んだ。そして自分の首から外した首飾りを、同じく寝台の上で身体を起こしたゼクスの首に、力が入らない様子の手でかけた。首飾りには剣を模したものらしい小さな飾りがついている。琥珀色の石を綺麗に細工して作られたものだ。ゼクスは少しの間、茫然とその飾りを眺めていた。見知らぬこの首飾りは、テアが誰かに贈られたものではなく、テアがゼクスへと、贈るためのものだったという。目を瞬かせていると、テアがゼクスの顔を覗き込んできた。
「ごめんなさい、首に勝手にかけちゃって。いきなり言われても、受け取れないよな」
何も言わないゼクスに、不安になったらしい。ゼクスの首から、自分がかけたばかりの首飾りを外そうとしたテアの腕を掴むと、テアの身体を強く抱き締めていた。
「あの、あのさ。今日って、ゼクスの誕生日なんだよね? だから、誕生日のプレゼント、のつもりだったんだ。本当は、ちゃんと包んでもらってたんだけど……どうやって持ち込めばいいのか、分からなくて。お誕生日おめでとう、ゼクス。俺は、ゼクスに出会えてすごく嬉しかったから、生まれてくれてありがとう……です」
抱きしめられたまま、テアが言葉を続けた。顔は見えていないけれど、笑顔でそう言っているのを胸元で感じる。あまりにも愛しすぎて、どう言葉で返せば良いのか、分からない。
「ごめん。俺、ゼクスのことが好きなんだ。でもさ、前に俺のこと……自分のものにするって言ってたから……いいよね?」
「……テアのことを、とても愛しく思っているのだが……言葉だけでは、表現が難しい」
テアに重ねて言われて、ようやくゼクスが口を開くと、テアが「へ?」と小さな驚きの声を上げ、ゼクスに抱きしめられたまま背を伸ばした。ゼクスの膝の上に抱き上げると、今度はテアがゼクスを見下ろすような位置になる。
「この首飾りは、大切にする。ありがとう、テア。……これは、私だけのものなんだな」
何とか心の中の気持ちを言葉にすると、ゼクスはテアの痩せた肩に頭を押し付ける。テアの手のひらが、抱きしめるように己の髪に触れてくるのが心地良くて――ゼクスは、微笑した。
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