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「さっきの婚約者なんだ」 食後二人で後片付けをしながら柊生が話し出した。 「…は!?」 さすがの和真も手が止まる。 「大学の時に祖父に決められたんだ」 「そんな人がいるのに、俺なんか家に連れ込んで まずいんじゃないの?」 和真は激しく動揺して言った。 「杏菜は…婚約者は気にしないよ お互い結婚までは自由に恋愛しようって そういう約束だった」 「何 それ…」 コーヒーを入れて、あらためてテーブルにつく。 「ちょっと長い話しになるけど…」 柊生は学生時代を思い還しながら話し出した。 和真が不安にならないように 気を使わないように、誤解のないように 話しておかなければならないと思った。 佐倉家では代々お見合い結婚だったらしい。 柊生の父と母は、もう、古いと言って 子供二人は自由に結婚相手を見つけるよう 勧めていた。 だが、祖父は昔ながらのこだわりで 将来、グループのトップになる柊生には α同士で結婚をさせると言って譲らなかった。 学生だった柊生は、結婚に興味がなく 結婚なんて誰としても同じだと思っていた。 祖父の事だから、それなりの相手を連れてくる だろうし、反抗するだけの理由がなかった。 そして、祖父が見つけてきたのが杏菜だった。 杏菜は大きな産婦人科を経営する家の次女で 少し年の離れた兄が病院を継ぐ事が決まっていた。 初めて会ったのは大学2年の時だった。 外人のようにくっきりと堀の深い綺麗な顔をして ブランド品で全身をつつんで、 一目でαだと分かるほど、自信に満ちた女性だった。 頭の回転も早く、話もあった。 結婚相手として申し分ないと思った。 「結婚までは自由に恋愛しましょう」 そう言ってきたのも杏菜だった。 実際結婚するのは、大学を卒業して就職をして 柊生の仕事が落ち着いた頃だろうと。 だとしたら、まだ5年以上はある。 お互い青春を謳歌して、後悔のない独身生活を おくりましょう、と。 柊生は大賛成だった。あれこれ干渉されて 縛られるのはごめんだと思っていたから。 杏菜とは会ったその日に1度だけ寝た。 α同士のセックスは初めてだった。

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