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30.遠くまで

杏菜と会った翌日、婚約解消の件は自分から家族に 話すから、今月いっぱい時間をくれと連絡が来た。 柊生自身も、すぐに家族に話す気にはなれなかった こともあり、それを了解した。 今、この 誰にも邪魔されない。 誰からも咎められる事のない 幸せな時間をもう少し楽しみたかった。 家に知られたら 2人の関係を放っておいては もらえなくなるだろう。 両親は説得に応じてくれるかもしれない でも祖父が、色々な意味で和真を認めない事は 想像できた。 そこからは長い戦いになるかもしれない。 柊生は覚悟の上だったが、和真はまだそれほど ピンときていないだろう。 その前に2人で小さな幸せを貯めておこう。 平和に毎日が流れて 和真はすっかり柊生の家に馴染んで 特にあれこれ決めた訳でもなく家事の分担が 出来上がり、それにならって日々を過ごした。 面接に落ちて落ち込む和真を慰めたり。 家政婦の水野さんに習った料理を、和真が作って 柊生の帰りを待ったり。 週末になれば、近所に手をつないで買い物に 出かけたり。 ずっとこんな毎日が続けばいいと思った。 クリスマスを金曜に控えた週の最初 ついに和真の仕事が決まった。 実際に働きはじめるのは年明けからだったけど ダメもとで受けたが、実は一番働きたかった業種で 受けて良かったと、上機嫌で、珍しく仕事中に 電話で連絡が来た。 一緒に喜びながら心のどこかで寂しさを感じた。 和真を囲って自分だけの物にしていた時間が 終わってしまう。 飛び立つ雛を見送る気分だった。 柊生が帰ってもテンションは高いままだった。 「日曜に忘年会も兼ねて、友達が就職祝いして くれるって、この前の居酒屋…行ってもいい?」 帰って早々 言われて少々ムッとしつつも 就職祝いというパワーワードには勝てない。 「何人で?」 「4人かな?」 「…迎えに行くよ?」 「……う~ん」 和真が困った顔をする。 時間なんて気にせず盛り上がりたいだろう。 分かってはいるものの 広い心で送り出す余裕が柊生には まだなかった。 「ダメならダメ」 「分かった!じゃぁお願い!」 「…飲みすぎるなよ」 「大丈夫!柊生だいすき!」 そう言って背中に飛びついてきた。 ー くそ、、可愛い…

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