176 / 234
…
「…っう!」
すぐに和真に呼び止められた。
「 … だ め」
聞き取る意志がなければ聞き取れないほどの
小さくかすれた声でそう言った。
柊生は我に帰ったようにハッとして振り返ると
和真に駆け寄って、抱きかかえるようにして
立ち上がった。
半日降り続いた雨でトイレのタイルの床は
泥で滑って、見るからに汚い。
和真の衣類もそこらじゅう泥だらけだ。
かわいそうに
かわいそうに
ぎゅっと抱きしめて、背中をそっと擦った。
男がズボンを直しながら立ち上がって
一人で笑い出す。
「いいとこだったのに…邪魔すんなよぉ~」
柊生はそれを睨み付けた。
ナイフを握る手に勝手に力がこもる。
でも向かっていかなかったのは
和真が…柊生の服を握って、しがみついていたから。
指の関節が白くなるほど強い力で。ぎゅっと。
不意に和真が柊生の耳に唇を寄せて
声を振り絞って、何かを囁いた。
その言葉を聞いた瞬間。
体の力が抜けて
突然 涙が溢れ出した。
あとから、あとから
勝手に溢れて
まるで子供みたいに
しゃくりあげて泣いた。
急に外が騒がしくなって
「こらー!何してる!警察だ!」
声とともに5,6人の警官がなだれ込んできた。
その声を聞いた瞬間
和真の力が一気に抜けて
体重が柊生の腕にのしかかった。
ともだちにシェアしよう!