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柊生は黙ってうなずいた。 顔は上げずに まだ少し震えて。 「起訴はしなかったんだよね?」 「…ああ、被害届だけ。 さっそく今日あっちの弁護士から 電話あったよ」 「どっかのボンボンだった?」 「大した事なかった。父親は地方の塾の 経営者だって」 「相手が柊生君じゃ弁護士も大変だ」 コーヒーを飲みながら傑が気の毒そうに笑った。 「そうでもないよ。 公にされたくないのはお互い様だって あっちも分かってるんだ。 それほど下手にも出てこなかった ムカついたよ」 弁護士は金を受け取らせて解決したことに したいんだ。 こっちはそんな金1円だって受け取るつもりはない。 あっちが得するだけの約束にサインするつもりもない。 でも、だからと言って、こっちが何か しかけて来る事もないと、たかをくくってる。 週刊誌などに情報を売って騒ぎ立ててやれば 何度も起訴や被害届を出されてる相手には 勝ち目なんてないだろう。 でもこちらは和真を晒し者にする事はできない。 自分の保身の為に、汚い手を使ってこちらを 落とし入れようとしてくるかもしれない そうなったら傷つくのは和真だ。 柊生にできたのは、意味のない交渉には応じない それだけだった。 「こっちが完全な被害者で、表に出て戦えば 絶対に勝てる事件なのに。 こんな悔しい思いする事って本当に あるんだな。 カズに手を出したこと、一生後悔するくらい 社会的に葬ってやりたいのに 法に触れない方法が見つからない」 「法には触れるなよ」 傑が笑った。 「あの子はむしろ、そっちの方が苦しむよ」 「……なにそれ、知ったげに」 「病院で言ってたよ。 柊生君が心配だって。 一人にしたら、何かしでかすんじゃないかって 自分の事はいいから柊生君についててほしいって」 「…そんな事…言ってたんだ」 「うん、可愛いこと言うな~って ぎゅ~~~ってしたくなっちゃったもん」 「コラ」 「まぁ してないけど」 「当たり前だっ」 柊生がいつもの顔色を取り戻してきた事に 傑はホッとした。

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