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40.花

「これって夢なのかな…」 部屋の露天風呂に浸かりながら 和真がポツリとこぼす。 「はい?」 柊生は一緒に風呂に浸かって、和真の浮き上がった 肩甲骨を見ながら、和真の言葉を聞き返した。 和真は石作りの風呂の縁に、腕を組んで肘をつき 僅かな灯りで照らされた庭を ずっと飽きずに眺めている。 柊生はそんな和真の、うしろ姿ごと景色を 愉しんでいた。 「こんなスゴいとこ泊まっちゃってさ 実は夢じゃないかな」 「なんだそれ」 「だってさ、柊生にとっては 普通かも知れないけど、俺はさ、ほんのちょっと 前まで、電気の止められたボロいアパートに 住んでた人間だからさ、非現実的にも ほどがあって……もう、怖いよ… バチでもあたんないかな…」 和真の右肩の上、首の付け根の大きな絆創膏の ような保護材に目が行ってしまい、反らすために 慌てて目を閉じた。 「今からそんな事言うなよ まだまだこれから色んなトコ連れ回すぞ」 「どこも行かなくても柊生といるだけで 十分非現実的だよ」 和真が笑って、ようやく振り向いた。 「あの事故から全部が 夢なんじゃないかなって」 「確かに嘘みたいな出会いだったな」 「うん」 和真は泳ぐようにして、近づいて来て 傍らに並んで座った。 「俺、柊生の第一印象あんまり良くなくて…」 「…っえ!?」 「だって、見るからに金持ちで、おまけにαでさ 絶対、嫌な奴だって…まぁ偏見なんだけど」 ー そんな風に思われてたのか… 「でも、本当に最初だけね 一緒にいたらそんな気持ちすぐ忘れちゃった だっていちいち優しくて」 和真が何かを思い出してクスクス笑った。 「まぁ俺も、カズの事ヤバイ奴なのかなって 思ってたしな…」 「だろうね。逆の立場だったら同じ事思うよ」 「でも、俺は… きっと最初からカズに 魂持ってかれちゃってたんだよ」 「……それ、ただ俺の発情期のせいでしょ… 大げさな言い方しちゃって…」 「あれ? そっか!そうかも」 「オオカミめ~!」 和真が手のひらで柊生の顔にお湯をかけた。 柊生も指先でお湯を弾いて返した。

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