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第22話 浮かび上がる紋章

 一通りの指示と不在中の仕事を終わらした後、拠点の一角にある居間のソファに腰を下ろしたダニスは、一服しようとタバコに火を付けた。  一見ただの一軒家は、隣の家と繋がっていたり、地下にまた部屋があったりと、特別になっている。安易に見つからない様に、そこが拠点であるのを誤魔化していた。国兵に見つからない様にもあったが、自分の首を狙ってる人物はとても多い。何故か?簡単な話だ。  束ねる者が居なくなって混沌を望む者、代わりに闇を支配したい者、他の者にすげ替えて美味しい思いをしたい者、言い出せば切りがないだろう。  そんな薄暗い世界にいる自分が、まさかここまで表の社会に関わると思っても居なかったダニスは、少しだけ複雑な気持ちでいた。  表と関わる事などないと思っていたからだ。 「失礼する」  ノックの音と共に入ってきたのは、クリスだった。  また、この男ともこうやって一緒に行動するとは思っても居なかった事も含まれる。  真剣なお持ちで入ってきたクリスを、ダニスはタバコを吸いながら視線だけ送る。 「アランは?」 「様を付けろ。疲れていらしたのか、眠ると部屋に入られた」  口煩く言う言葉を無視して、ダニスはそうか、と返事をした。  ダニスは、タバコの火を灰皿へ押しつけて消す。クリスが自分にわざわざ会いに来たという事は、用件はそれだけではなのだろう。 「……一つ聞きたかった事がある。貴様がアラン様に手を貸すのは何故だ?」  真っ当な疑問だろう。  本来縁も無いはずのダニスが、アランを助ける通りは無い。仮にも王室を守る騎士のクリスならともかくとして、本来関わりない上に、損な役回りでもある。  ダニスでも、同じ事を思うだろう。  真剣な面持ちのクリスに、誤魔化しは効かないとクリスの方へ向いた。 「それは、俺にも利点があるからだ。組織のリーダーと言うよりは完全に個人的な物だが、ガブリエルという宰相に返しきれない恨みがある。王子様に肩入れするのは、最も宰相に近づけるから……と言えば納得するか?」 「なるほど、復讐……という訳か。しかし、その協力関係が崩れたら?どうするつもりだ」  クリスは、ダニスの言う理由に納得しつつも、鋭い視線で返してきた。  そう反応したのは至極当然で正しい。  目的を果たしたら、手のひらを返す。なんていうのは良くある事だ。それを危惧してクリスは言っているのだろう。 「ふっ……目的を果たしたら、見届けた後にすぐ引き下がるさ。闇に染まった人間が表と関わっても碌な事はないからな」  ダニスは、鼻で笑って返してみせるが、クリスは一向に睨んだまま視線をこちらに向けている。  「信じられない」とクリスが怪訝な顔をして言葉にした。王室を守る立場の人間なのだから、信じられないのも当然だろう。1人くらいこれくらい警戒する人間がアランの周りにいて丁度いいぐらいだともダニスには思う。  まだ、若き王子には、疑り深い人間がいる方が、あの甘い考えの王子にとっては良いだろう。 「まぁ、お前が言いたい事も分かる。……確か父親が防衛戦争で亡くなったと聞いているが、お前は正当にレブスキー家を継いでいるのか?」  唐突な質問に、クリスは眉を顰めた。 「それは、どういう意味で言っている?私は父から正当に後継者として育てられている」 「そうか、なら気休めの信用にしかならんだろうが、無いよりはましだろう」  ダニス左腕の服を捲り上げ、目の前にあった蝋燭の火を腕の近くまで持っていくと、腕に段々と黒い刺青みたいな模様が浮き上がってくる。  形は、紋章の様に囲みがあり、中には盾と剣に蛇が絡まったような形が浮かんだ。  それを目にしたクリスが、目を大きく見開いて驚いていた。それもそのはずだ。これは、一部の家系の継承者にしか受けづけれず、更にダニスのこの紋章は、本来ならもう二度と目にする事はないだろう。 「その紋章は……!?……貴様は……何者なんだ!?」 「レブスキーの継承者なら、この紋章の意味は分かるはずだろ。まさかこの紋章を開示する日がくるとは……夢にも思っていなかったがな」  クリスは、どこかまだ煮え切らない顔をして、少し何か考えてから立ち去る様に部屋の扉に手を掛けた。 「……とりあえずは、信用しよう。しかし、信用しきった訳では無い」 「別に構わん。それでいい」  ダニスの返事を聞くなり、クリスは無言のまま部屋を出て行った。  これで、少しはやり易くなるといいんだが……と自分の左腕に浮かんだ紋章を見た。火を遠ざけると次第に紋章は薄れていく。火で炙ると浮かび上がる様に特殊な刺青が彫ってある。だから、通常時アランがこれに気づく事はない。  気づかなくていい。  変に期待などさせるものではない。  アランの知ってる彼はもういなく、王家に遣える事もない。    ダニスは、夢見を悪くしない為に抱き枕代わりにしていた王子から、レニウスの名前を寝言で呟く時があるのを思い出して、口の端を微かに上げた。  ダニスは服の下に付けているペンダント触れる。  そこには、穏やかな思い出と煮えたぎるような思い出が同居している。  扉からノックの音がして、ダニスは、ペンダントから手を離してから、入れと返事をした。  部屋に入ってきたのはボーンだ。ボーンが手に中身の入った注射器を持って入ってきた。ここに着いてから頼んでいた物だ。 「これを使わないといけないとは、貴方の愛人は手が掛かることで……」  ボーンが珍しく元々厳つい印象の顔に更に眉を寄せ、厳つくなっていた。ダニス程ではないにしろ、ボーンはあまり表情に出さないタイプだけに。 「その言い方はやめろ。一時の物だ」 「本当に、ですか?」  再度タバコを吸おうとしたダニスの手がピクリと反応して手を止めた。 「……今回の組織内の下手した奴らに、下手した事を言っているのか?」 「はい、いつもの貴方なら、どこかで気づいていたんじゃないですかい?」  はっきりと言い切るボーンに、ダニスは軽くため息をついた。何か口にしようとしたが、何を言葉にしても言い訳くさい。  いつもなら、ダニスが表立って行動する事自体が珍しい。それで、自分の足元まで把握しず行動した事で、更にらしくない。とボーンは言いたいのだろう。 「説教でもたれに来たのか?」 「忠告です」  ボーンは、持ってきた注射器を机に置いて数歩下がった。ダニスは今度こそタバコを吸うと、煙を吐き出す。そして淡々と声で言葉にしていく。 「もし、らしくない。で終わるならその程度だった、て事だろう」 「貴方に死なれては困りやす。今組織が安定してるのは貴方の代なんですから」 「この闇社会に居て難しい事を言う……」  ダニスが、ふっと少し可笑しそうに笑う。 闇組織のリーダーは常に狙われる。だから本来なら場所を特定されないように転々とダニスだけは移っていた。  それでも、狙われ同族や恨みなど幾らでも想像がつく理由で殺されて死ぬ、なんて事はよくある事だ。そして、直ぐに闇組織の頭が変わる。 「俺が居なくなった程度じゃそう簡単に変わる世界じゃないだろう」 「それでも、ダニスさんになってから、統治されずにやり過ぎていた裏取引や麻薬の売買が前より安定しやした。それに文句がある者もいやしょうが、略奪の抗争もほぼ無くなり末端の待遇も昔よりマシになったんです。ここまで出来るヤツぁ今の所知りません」  ボーンのダニスへの評価に、ダニスは息をついた。 確かに、そうしたのは自分だか、闇社会の頭が変われば全体の統治が変わるのは当たり前だと思っていた。  もし、この統治を維持し続けたいのであれば、ダニスに頼りきりでは、自分の代で終わってしまう話だ。 「……俺が居なくなっても大丈夫な様になってもらわないと困るんだがなぁ」 「それは難しい話です」  つまる所、まだまだ長生きしてくれというボーンの話にダニスは肩をすくめた。  ダニスは、タバコを吸い切ると灰皿で火を消して、ボーンが持ってきた注射器を持って立ち上がった。気をつける。とだけ返すと自分の用意された部屋へと向かった。  静まり返った真夜中、ダニスは用意された部屋の窓際で灯りも付けずにタバコを吸いながら、外を眺めていた。  単純に眠れなかったのもあった。寝れば悪夢をほぼ確実に見るだろう。復讐心を忘れないように見続ける。  そして、もう一つは……。  とんとん、と小さく部屋のドアからノックの音がした。ダニスは、返事をすると物音を立てずに恐る恐るとゆっくりと扉が開かれる。 「……ダニス……ちょっといいか?」  静かに扉開けたのは、アランだ。一度ダニスを視認してから、他所へと目を泳がして何かを言おうとしては、顔を顰め暗がりの中でも頬に赤みがさしている。  大方察しは付いていた。体の方がまだ治らないのだろう。強いクスリを継続的に何度も飲まされて、寧ろ周りに悟られない様に我慢ができる程度に治ってる方がおかしい。  常人なら、とっくに性奴隷の様に体がおかしくなっている。そこ迄にならないと言う事は、元々生前から特殊な耐性があるか、子ども頃から毒なのど刺激に慣れているかのどちらかだ。  ダニスは、タバコの火を消した。 「まず、中に入ったらどうだ?コーヒーくらいしか出せんぞ」  それでやっと、アランの泳いでいた目はダニス向き、頷くと中へと入るり、ソファへと腰を落とした。それでも落ち着かない様子で、視線を部屋の中なあちこちに向けている。そんなアランの様子を視界の端で止めながら、ダニスは、慣れた手つきでコーヒーをカップへ入れた。 「まだ落ち着つかないか?」  らちがあかないと、ダニスの方から切り出した。  それに、直ぐにアランは反応して、また顔に赤みが差した。なんで?と言いたげな顔をしていたが、倉庫でアランの体に触れて状態を知ってるダニスにとっては、今更な話だった。  ダニスは、ソファーの前にあるテーブルにコーヒーの入ったカップを置いた。 「寝ても治らないから、どうしたらいいか分からなくて……」 「……だろうな」  アランがコーヒーカップに視線を落としながら、少し言葉を濁しながら言う。あからさまに言いづらいのだろう。出会った当初から疎い様子だった。  育ちが良いのだから、当たり前といえば当たり前と言うべきか。  ダニスは、保管してあった注射器を棚から取り出して、アランの隣に腰を落とす。アランは直ぐにダニスの持ってる注射に視線を動かした。 「それは??」 「媚薬への中和剤の様なものだ。……正直効果はどこまで出るか分からんが、しないよりはマシだろう。やめておくか?」  アランは首を横に振って、腕の服を捲り上げて、やってくれ、と言葉にする。  アランの即決に、信用されたものだ、とダニスは思った。中の成分も正確に聞かずに腕を差し出される事など、珍しい。本来ならダニスの立場の人間から注射器など疑いの材料でしかない。  闇社会の人間として出会ったのではなく、一個人として出会ったのが大きいのかもしれないが、ダニスとってアランと出会って久しく感じる純粋な信頼のものだった。  ふっと思わず笑いを含んだ声が出てしまった。  アランが何がおかしいんだ?、と大きな目を瞬きしてこちらを見てくる。ダニスは何でもない、と注射器を片手に持った。  予め用意していた強めのアルコールわガーゼに染み込ませて差し出された腕を軽く拭いてから、注射器の針を腕へと刺した。 「っ………」  アランは刺した痛みでか小さく唸った。  手慣れているとはいえ、医者程ではないダニスの腕前だからか、少し痛かったかもしれない。中の液体を注入しきると針を抜いて、ガーゼで刺し口を指で押さえた。  暫く押さえとけと、アランに言って自分自身で押さえさした。アランの視線は押さえてるガーゼへと向けている。 「これは、どれくらいで効果が出るものなんだ?」 「……遅くて20分くらいで効果があれば出る」  思ったより早く効果が出るんだな。と呟きながら、アランは平静を保とうとしてる様子だったが、呼吸が早く浅い。それに合わせて肩も上下していた。よくよく顔を眺めてると、少し顔も火照っている。  長めの眉毛と大きめの瞳を伏せ気味にしているアランの顔は相変わらず、綺麗な顔をしていると思った。そう思って見ていたら、気づけば無意識に片手がアランの顎に触れていた。  アランがピクリと体を震わせ、ダニスの方へと見上げる。 「ダ、ダニス?」  何も言葉にせずに、見つめてくる王子に見つめかした。  この王子に、どういう感情だったか知らないが触れてここまでにしたヤツがいるのかと、そんな気持ちになった事はあまりダニスになかった。  本当に、らしくないな。とダニスは心の中で自分に笑う。これでは、ボーンに小言を言われても仕方あるまい。  独占欲なんてものは、とっくに無くなったと思っていた。  何も言わずにジッと見つめてるのが、居心地悪いのかアランの視線が他所へと泳いだ。  触れていた顎から顳顬へと滑らせて、耳裏を軽く指で撫でる。アランが弱いところだ。  直ぐに、想像通りにアランは反応して、燻ったいのか目を閉じて口を固く閉じた。 「っ……だ、ダニス……なに?」 「少し、腹立たしくてな」  え?とアランは顔を上げてダニスを見た。何に?と驚た顔をして首を傾げている。そんな事を言うとは思ってなかったのだろう。  ダニスは耳を撫でるのをやめて、再びアランの顎へと手を添え、顔を上げさせた。 「他の男に抱せてしまった事に」  アランは目を大きくして驚いて口を半開きにする。そこにダニスは唇を落として口を塞いだ。    

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