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第24話 穏やかな朝
日が出て鳥の囀りが聞こえる頃、アランはぼんやりと目を覚ました。
包まれる暖かさにまだもう少しと、寝てしまいたい気持ちでダニスの腕中にいた、アランは鼻先をダニスの胸に擦り付けると、ふんわりと微かに香るラベンダーでまだ重たい瞼を上がる。
目の入る範囲に、ダニスが肌身離さず付けているペンダントがあった。物事にあまり執着を見せないダニスが唯一手放さないものだ。
中身がなんなのか凄い興味がある。でも、それに許可なく触れてしまってはいけない様な気を直感的に感じていた。
何となく怒るような気もする。
見せて欲しいと言えば、見せてくれるかもしれない。
「……気になるか?」
じっとペンダントを見てると、直ぐそばで少し寝起きの掠れたダニスの声が降ってきた。
アランは、寝ているとは思っていたのでドキリとした。
アランの体に腕を回していたダニスの手が緩まって、代わりにアランの額にキスが落とされた。
なんだか、ダニスがとても優しい気がして、逆に落ち着かない。
「……中には何が入ってるんだ?」
素直に気になるので聞いてみた。
ダニスは言葉を探してるのかすこしだけ間が空いてから、一瞬どこか寂しげな顔になった気がする。
「中には家族の似姿の絵が入ってる」
それは、意外だと思った。
でも、それを肌身離さず身につけてるという事は、とても大事な家族だったに違いない。
ダニスの家族か……。と思い描いてみるも、ダニスの顔を見てもあんまり思い描けない。アランの記憶の中で黒髪で黒い瞳を持ってるのはレニウスとその両親くらいなものだった。凄く気になる。
アランは中を見せてくれまいかと、希望の眼差しでダニスをじっと見つめる。ダニスは少し困った様に息を吐いた。
「悪いな。目的を果たすまで開けないと決めているんだ」
「目的……?」
アランは、断られた事には少し残念だと思いながら、ダニスから目的という言葉を初めて聞いて、そちらの方が気になった。
闇の支配者で、果たせない目的などあるのだろうか?
表の貴族社会よりも、情報が集まりそうなその頭にいるというのに。
「ああ、……昔、家族全員を殺されてな。その時、暗躍した人物に復讐する為に、この組織に入った様なものだ」
そう言ったダニスの声には、色が無かった。
初めて聞く話に、アランは驚いて目を見開いた。誰かを恨んでいるようには、普段から何一つ感じなかったからだ。
でも、その色の無い声でまだダニスの中で、その家族が亡くなった事に決着が付いてないんだと思った。何でもないように言うそのトーンは逆に、まだ過去の想い出となっていない様に感じた。
そして、その目標が果たされてないと言うことは、復讐も終わってない事になる。
もしかして、こうやって人を抱き枕代わりにしないと寝れないのは、その時のせいなのだろうか?
「さて……悠長にしてる場合でもないな」
ダニスが、少し面倒そうに言いながら起き上がった。もう少しだらだらしていたい様な気持ちのアランは、少し物寂しげにダニスを見る。
ダニスは相変わらず、直ぐにタバコに火をつけて吸ってはアランのその顔を見るや、ため息をついた。
「構ってやりたいのは山々だか……部屋に戻ってなくていいのか?俺はできればあの騎士とやり合いたくはないんだがな」
それに、アランは一気に顔を青くした。
あのクリスの潔癖感からして、この状況をもし見られたらどうなるか。……物凄い形相で剣を抜いてダニスに斬りかかりそうだと思った。
アランが部屋に居ないだけで、心配しそうだと思って直ぐにアランはベッドから飛び起きた。
「うん、そうだな。先にバスルーム借りてもいいか?」
ダニスは、タバコを吸いながら頷いた。
アランは昨日の行為の怠さでよろめきながら、バスルームに入る。シャワーの蛇口を捻った。
そういえば……今後抱き枕になるの難しくてなるんじゃないのか?大丈夫なのだろうか?
少しだけ、今部屋でタバコを吸いながらゆっくりしてるだろうダニスが気にかかった。またあの時みたいに魘されるんだろうか?
その原因が、もし先程言っていた家族の喪失なら、魘される理由も、簡単に治るものでもない事も、漸く分かった気がした。
それは、ダニスの家族が亡くなる過程が悲惨なものだった事を意味している。
アランも、父、王が刺された後亡くなる所を直にこの目て見ている。他人に脅かされた死はとても辛い事だと知っている。今でも、思い出そうとするだけで心が痛くなる。
それが、1人残して家族全員……アランの悲しみと比べれるものでは無いだろう。
昔の話だと言っていたから、今より若い頃のはずだ。
家族にはならないけど、少しだけホッとできる存在になれたらいいのと、アランは思いながら、シャワーの蛇口を捻りお湯を止めた。
その後、アランは服に着替えると、バスルームから出て部屋に戻るとダニス一言断る。
ダニスは、視線だけアランに送っては窓から外を眺めていた。少し遠い目で外を眺めているのに、家族の事でも思い出したのだろうかと思いつつ部屋を出た。
廊下を渡りアランは自分の用意された部屋を開けようとした時声を掛けられた。
「おはようございます。こんな早朝からどこに行かれてたのですか?」
振り返ると、クリスが既にきっちりとした格好でそこに居た。アランは、まさかのクリスの遭遇にドキリと焦る。
ただ、クリスの顔色は険しいものではなく、純粋にどこへ出てたのか聞いてきた様子だった。
「寝れなくて少し風にあたりに出てたんだ」
それを聞いたクリス、そうですか、普通の返しをしてくる事にアラン安堵する。
「慣れない場所で仕方ないかもしれませんが、できれば1人で行動しない様にお願いします」
続けてクリスはどこか息を吐きながら、答えた。
騎士のクリスからすれば、ここも安全だとは思っていないのかもしれない。
その気遣いは、王族に対してのそれだ。今の状況からすれば、クリスの存在はとても有難い。しかし、アランは少しだけ気になっていた事があった。
「クリスはなんで私について来たんだ?」
「それは、私が王室に誓ったレブスキー家の騎士だからで」
「それは、建前だろう?私は継承権を剥奪されたらただの子どもだ」
それは、嫌ほど身に沁みている。
宰相が現在実権を握り、罪人扱いになれば手の平を返す者、この身に受けた扱いでアランは分かりきっていた。
クリスは、少しだけ困った様子で笑みを浮かべると、クリスはその場で膝をついてアランの手を取ると、手の甲にキスした。
騎士が君主に己を捧げる証としての礼儀だった。
「そんな風に言わないで下さい。アラン様は覚えていないかもしれませんが、昔、私がまだ騎士になる前ですが、声を掛けて頂いた事があるのです。その言葉で、私は王家に尽くす事を誓いました」
アランは、大きな目をパチクリとした。
首を捻って考えてみるが、どうにも思い出せない。クリスがまだ騎士になる前なら、アランはまだ幼い頃では無いだろうか。そんな頃に、そんな人の決意を促すような事を言ったとはアランには思えなかった。
首を傾げて必死に思い出そうとしてるアランを見たか、クスと笑みを溢してクリスはアランの手を離すと立ち上がった。
「覚えてなくてもいいのです。私が覚えていれば十分ですから」
アランは腑に落ちないながらも、クリスは自分の意志でついて来た事に間違いない様子で納得する事にした。
アランにとっては嬉しい事はない。1人でもあの城の中でアランの身を思っていてくれたのだから、それだけで十分だった。
「思い出せないのはなんだか悔しいが、ありがとう。これからもよろしく頼む」
そう返すと、ハッとはっきりとした声で騎士の返事でクリスは返した。
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