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第25話 クリスの考え事

 その夜、眠りが浅かった。  本来なら、どこでも仮眠や睡眠ができるように、騎士は訓練さらている。クリスもその1人だ。  それが、戦争へ向かう道中でも、居心地の悪いこのダニスの懐のような場所であったとしても、殺意を感じたり異変に気づけば直様に起きれるからだ。  しかし、昨日のダニスの腕の紋章を見てから、眠りが浅かったらしい。外が明るくなってから直ぐに目が覚めた。  習慣ずいた癖で、直ぐに顔を洗い支度をする。鞘に収めた剣を取ると、鞘から抜いて刃に手入れをしていく。剣の側面にクリスの自分の顔が映り込んだ。  その顔は、クリス自身から見ても少し険しい顔つきになっていた。 「あれは……もう継承されなかった紋章のはずだ。つまりヤツ生き残りだと言うのか?」  昨夜見たダニスの腕の紋章の証が本当なら、もうその一族は本来存在しない。その話を聞いたのは、まだクリスが騎士試験を受ける前の話だった。  その一家の家屋ごと燃やされたと聞いた。  もし、本当にその一族の生き残りならば、復讐を考えていても不思議ではない。  この国には、創設から関わり王を支える4貴族が存在した。過去形なのは、先程の一族が亡くなりその一角が潰えたからだ。  絶対的な忠誠を誓う事から代々その貴族の後継者には、誓いの証である紋章を体のどこかに刻む。  だが、その事は継承者や一族の一部の者以外秘匿されていた。  クリス・レブスキーもその1貴族だ。  クリスの右肩にも継承時に刻まれている。  そして、各一族によって役割が分かれている。  剣であり盾である、レブスキー家  側近、または執事として支える、ファンデル家  国の経済と貿易を支える、ホールミア家  国の闇を牽制、管理する、オルブライト家  この中の1つ貴族であるオルブライト家が何者かに滅ぼされたと聞いた。  どの貴族も失えば、国が混沌する可能性のある影響力を持つ。ダニスの腕に刻まれた紋章を持つ一族が潰えた時も、国が荒れた。  それは、貴族階級にいれば感じぬ荒れ方だったが、騎士を目指していたクリスは平民の地と踏む事があり、それは顕著だった。  それを目にしていたクリスにとって、復讐するにしろダニスが何故一族の家名を捨てたのか、クリスからすれば理解に苦しむ。継承者の紋章があるのであれば、王から爵位の位を再度授かる事もできただろう。  それを放棄したらという事は、王室だけに使える一族の使命を放棄したのと同義。国に使える気がなかったという事だ。  もし、例えその時直ぐに、立ち直せなくとも後から名乗り出る事もできただろう。  つまる所、たとえ紋章を持っていようとも信頼にはなり得ない。  ただ実際王子を匿い助けている。目的が同じ事から行動を共にするのに問題はないと、クリスは判断した。 「私が知ってる、一族の継承者とは随分違うようだったな……」  クリスも騎士の貴族階級であり、夜会や王家主催の祝祭などに昔から出た事がある。  その滅びた一族は、よく王子であるアラン様と懇意にしていた記憶があった。遠目からでも分かる珍しい黒髪に物腰が柔らかく、それでいて優雅で言葉から秀でたものが伝わるほどだった。と、昔の記憶を呼び起こした。  そんな姿の断片すら感じないほど、あそこまで変わるものだろうか?  貴族社会、表顔と裏の顔が違う事など良くある事だったが、臆面無く王子が懐いていたのを思うと別人に近い。とはいえ、人は変わるものだとも知っている。  クリスは、昔の事を思いだしては苦笑した。  クリスがまだ12歳になる頃、父が戦で戦死した事を知らされた。その死の代わりに、防衛戦はうまくいったと聞かされたが、当時、父を尊敬し敬愛していたクリスにとっては衝撃だった。  自分の父が死ぬ事など、1ミリも思った事が無かった事も大きかったクリスは、突然投げられた騎士への過酷さと重さを思い知った。あれ程悲しかった事はない。  母もその衝撃が強かったのか、知らせが入ったその日卒倒した後、暫く寝込んだ。  それから、母は変わった。  息子に同じような事になって欲しくない気持ちもあってか、とてつもなく厳しくなり甘さなど見せなくなった。時にはヒステリックになる時もあった。  そんな劇的に変わった環境で、12歳の子どもが捻くず育つはずがない。しかし、尊敬していた父の死が無駄だと思ってしまっては浮かばれもしない。しかし、王家に使えるにしても意味を見出せなかった。  そんな気持ちがハッキリしないまま、騎士の1兵になり城の中の警備にあたっていたある日。  そこは庭園の近くだった。王族などが偶に訪れる事があるだけに見事な庭園が広がっている。その日は、城の中が騒がしかった。王子であるアラン様が、王室講師の講義からサボり抜け出した事から、メイドや執事などが必死に探し回っていた。  それを小耳に挟んだクリスの感想は、王族は呑気で良いものだとそんな不遜な事を当時は思っていた。  そんな時、庭園からガサガサと何かが隠れて通る音がして、野良猫などの可能性もあったが、不審者の可能性もある。音のする方へとゆっくり気配を消して向かった。  ガサガサと音が大きくなる。  音のする方向から予測して移動する方へ、先回りして屈み待機していると、整えられた草木の小さな穴から、すぽん、と人の頭が覗いた。 「あ……。」  サラサラとしたブロンドの髪と幼いながら綺麗に見えるその顔立ちをした大きな青い瞳が、クリスを捉える。  驚いたのか、ぽかんと呆けたままじっと見てき、またクリスも同じように驚いて固まった。  その呑気でいいもんだと思っていた王子のアラン様が目の前に、頭や体に木の葉を付けている。アランの方は段々と顔色を悪くしていった。  なんていう残念な姿だろうかとクリスは内心思いながら、声を掛けようとした時、周辺から執事やメイドの声がした。 「アラン様ー!?どこに居られるのですか!!」  クリスとアランが同時にビクリと肩を震わせた。  メイドがクリスとアランのいる方向に走ってくるのが見え、クリスその時何故か無意識にアラン王子が見えないように立った。 (俺は何を……) 「そこの騎士様、アラン様を見ませんでしたか!?」 「いえ、こちらでは見かけておりませんが」  そう返事すると、メイドは少し残念そうに立ち去って行った。  メイド達が立ち去り、暫くしてから草木に隠れていた王子は、自分の服を払いながら立ち上がった。  クリスも背にしていた王子に目線を向ける。 「匿ってくれてありがとう。すまなかった」 「そう思うのであれば、戻ったらどうでしょうか」  その時のクリスは、あまり良い感情を持ち合わせなかったのと、若かったが故に王族に対して冷たい態度が出てしまった。それでも、謝罪する気にもなれずそのまま不遜な態度でクリスは返した。  アラン王子は、それに驚いたのかパチクリと目を瞬いた。 「じゃあ、なんで匿ってくれたんだ?」 「無意識です。反射的にです」  そう先程の行動について否定すると、王子はまたキョトンた呆けた後、あはは、と声を出して笑いだした。  それにクリスは、何がおかしいのかと王子を訝しげに見た。王子は、そんなクリスを見てか声に出して笑うのをやめるが、まだとこか口元が歪んで笑いを堪えている様子だった。 「すまない。私にそんな風な態度をする者は珍しくて」  それは、そうだろう。相手は王族で、唯一の継承者の王子様だ。こんな明からさまな態度をとる人間は少ないだろう。でも、それのどこがおかしいと言うのか。 「さようですか、そう思えるなら気楽でいいものですね」  更に悪くなる私の態度に、王子は苦笑する事はあれど非難する事はなかった。変わりにどこか寂しげな憂いた顔で庭園の方へと視線を向けた。 「そうだな……我儘なのかもしれないが、本当の意味で怒ってくれる者がいるのは嬉しい。分かっているんだ、ちゃんとしないと。でもこうやってたまに抜けて困らせていたら、ふらっとまた会えないかと思ってしまう事がある……子どもみたいだろ?もうその者は亡くなっているのに」 「それは……」  クリスは、アランの顔を見るとどのか孤独な寂しさを纏っていた。  その顔はわかる、自分もそうだった。  大事な人を亡くした時の顔だ。  まだ幼い顔をした王子が、そんな顔をしてるのを見て自分の少し前と重ねて見えた。 「私は沢山の者に守られているのに、守る力が無いんだ。でも、もうそんなのは嫌だ!せめて王になったら、この国から死者を減らしたい。困窮してる者も、戦い亡くなる者も。あの世で会った時に恥ずかしくない王になりたい……。その決意の確認みたいなものなんだ」  王子は再びクリスに向き直ると、寂しげに笑みを浮かべた。  そんな事を私に言っても仕方ないな、と更に苦笑する王子を見て、クリスは誤解していた事に恥ずかしくなった。  王子と会話する事なんて、1兵士だ。貴族上がりとはいえ、直ぐに隊長に就けるわけでもない。王子の人となりを知るなんて難しいのも確かだ。  とはいえ、まだ自分より若く幼い王子が、大切な人の死を嘆くだけでなく前を向いている。  より良い国を作ろうの思っている。  その心にクリスは感銘した。  それに対してクリス自身はどうだ。王室は使える騎士への意味を見出せないと、今まで目を背けていた。  ああ……そうか、こういう事だったのか。とクリスはその時父の言葉を思い出した。  父が健在で家でクリスの指導をしてる時に、聞いた事がある。 「なんで父上は、生死をかけて戦えるのですか?」  その質問に返した父の顔は穏やかだった。  王室への紋章はあくまで建前だ。本人にその気が無ければ、意味を成さない事もある。 「それは、この人なら自分の一生を捧げてもいいと思ったからだ」  父は誇らしげに胸を張って言った。  その頃は分からなかった。  正確には、今この時まで本当の意味で分からなかった。  この王子なら、ついていってもいいとクリスは決意した。  クリスは、くすっと笑った。 「なら、尚の事、サボるのは良くないのではないでしょうか?」 「っ…!それを言うな」  その時、初めてクリスは子供らしく顔を膨らませて拗ねたアラン王子を見た。 ー貴方が王になる時、私は隊長になって迎えましょうー そう心に決めて、最初とは大違いに穏やかな気持ちで王子を見た。

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