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第一章・21話
(や。公彦、公……彦ッ!)
周りに気付かれては大変なので、声は出せない。
いや、すでにバレている。
近くの男性の視線が、こちらに注がれているのだ。
真面目そうな、若い会社員。
公彦が葵に何をしているか、そして葵がどんな状態に陥っているかを、見て見ぬふりをしている。
(ダメ……。もう、ダメぇッ!)
思わず声が出そうになったとき電車が止まり、葵とは逆側のドアが開いた。
ようやく到着したのだ。
何事もなかったかのように、降りようとする公彦が憎らしい。
葵はその袖を掴んで、強く引いた。
「肩、貸して。一人で……歩けない」
さんざん弄り回された葵の体は、心は熱くのぼせあがり、とても普通に歩ける状態ではなかった。
「ごめんな」
謝りながらも、まるで反省なんかしていないような公彦の声。
悔しくって唇を噛みしめながら、葵は人の波と共に、公彦に支えられ電車を降りた。
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