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第3話
私はダイヤと名乗る男のマシンガントークに唖然としていた。
「貴方お名前は?なんのお仕事している人なの?バカラちゃんとは何処で知り合ったの?」
「えっ…いや…あの…」
矢継ぎ早に質問攻めにあってしまって流石の私も二の句が継げない。
何かを言おうとする度に質問が飛んでくるので相槌を打ったりするだけで精一杯だ。
しかし、私が質問に答えられず困っているとダイヤは諦めたのか小さくため息をついた。
「まぁいいわ。“招待状”があるのならご案内しなきゃいけないわねぇ?」
ダイヤはニヤリと笑うとカチャリと眼鏡を押し上げた。
私はその笑みがどこか恐ろしくて、握った手を更に強く握ってこれから何をされるのか分からないが覚悟を決める。
カタカタとまた手が震えはじめた。
気付かれない様にぎゅっと手首を握って悟られない様にする。
「ふふふ。今から準備をするから待っててちょうだい」
ダイヤはそういって店の奥に消えていった。
一瞬姿が消えたことで、安心して屈みそうになってしまったが何とか足に力を入れる。
すぐに鍵の束を持ったバカラが戻ってきたので、自然と背筋が伸びた。
「あの…ダイヤさん?これから何処へ?」
「あら?バカラちゃんに聞いてないの?」
「えぇ。何も…」
ダイヤは私を店から押し出すと、何が何だか分からない間に店の戸締まりをしてさっさと雑居ビルを後にして大通りに出た。
そこでタクシーを拾うと、運転手に行き先を告げてタクシーが発車した所で私は小声でダイヤに問いかけた。
ダイヤは心底意外そうな顔で私を見返してくる。
「ふーん。まぁ、お店に行けば分かるんじゃなぁい?」
「店?バカラさんからはCLUBと聞きましたけど、先程のお店じゃないんですか?」
「あら。本当に知らないのね」
ダイヤは私の言葉に急に興味を無くしたように車の肘置きに肘をついて外に視線を移した。
それからダイヤは黙ってしまったので私は困ってしまって、早く目的地に着くことを願った。
でも、話題なのも無いので話しかけられても先程の様になるだけなので私は下を向いてただじっとエンジン音だけを聞いていた。
「さぁ。着いたわよ」
タクシーがとある洋風の屋敷の前で止まる。
ダイヤは運転手に料金を払ってさっさとタクシーを降りる。
私もタクシーから降りて、じっくりと周囲を見渡したが屋敷の外観に絶句してしまった。
「意外でしょ?私も最初はびっくりしたわ」
固まってしまった私にダイヤは悪戯が成功した子供のように笑う。
私達がやって来た屋敷は立派な洋館で、昔私が住んでいた代議士であった義理の父親の家や政治家の先生方の家の数倍立派な“お屋敷”という言葉の相応しい建物だった。
今更ながらに政治家先生方の家も立派だと感じたが、これほど立派な家では無かった様に感じる。
金は湯水の如くあったはずだろうに、不思議な話だ。
「何処から情報が漏れるか分からないから黙ってたけれど、こっちよ…」
「えっ…あの!」
ダイヤが歩きだしたので、私は考えるのをやめて後に続いた。
玄関扉であろう立派な装飾が施された扉を開け中に入ったダイヤはこちらにくるりと向き直ると、軽く会釈をする。
その仕草が様になっていて、出会い頭に矢継ぎ早で質問攻めにしてきたうるさい印象が無くなってしまう。
「ようこそおいで下さいました。CLUB Aliceへようこそ」
「くらぶ…ありす」
私はダイヤの言葉を反芻すると手を胸の前でぎゅっと握った。
私はとんでもない所に来てしまったのではないかと早速後悔しはじめていた。
しかし、ダイヤの目に射抜かれやはり身動きは取れない。
「今バカラちゃんを呼んでくるから待っててちょうだい!」
「いえ…私は…」
私は怖じけ付いて帰らせて貰おうと口を開いた所で、奥からカツカツと靴音が近付いてくる。
その音で危険を察知して体が収縮するのを感じてしまった。
「やぁ。やっと来てくれたみたいだね…決心はついたのかな?」
「あら?バカラちゃん!」
奥からやって来たのは、やはりホテルのbarで一緒だったバカラだ。
パーティーの時は気が付かなかったが、瞳は吸い込まれそうなブルーで私は思わずそれを絵画を見るときのようにじっと見てしまい、私の視線にバカラはその瞳をゆっくりと細めた。
「ダイヤ君は今日は仕事はいいのかな?」
「今日は非番なの。お店に行ったらお客様が来たからこちらにお連れしたってわけ…でも、それもバカラちゃんは折り込み済なんでしょ?」
「ははは。やっぱりダイヤ君には敵わないなぁ」
ダイヤも私をチラリと見て、バカラに向き直りしなを作った。
「忙しいのに、わざわざすまなかったね」
「いーえ。でもこのお客様をお連れしたお礼に、バカラちゃんの身体を頂いてもいいのよ?」
「ははは。それは遠慮しておくよ」
「もぅ。つれないわねぇ…」
バカラが軽く笑うと、それに対してダイヤは少し拗ねた様な顔になる。
二人の会話を聞いている限り親密な関係なのは見て取れた。
ぼんやりと、従業員と社長という関係異常に見える。
「おっと。これはすまない巽さん…身内だけで話してしまったね。改めて紹介するよ。この子は、うちの調教師であるダイヤ君だ」
「どーも♪」
唖然と立ち尽くしていた私に気が付いたバカラがこちらに気がついて、更に近付いてくる。
ダイヤを紹介すると、そのダイヤは私へウインクをして、あまつさえ投げキッスを飛ばしてくる。
あの間に、逃げてしまえば良かったと後で公開した。
「ちょうきょうし…ですか?ここのお屋敷には動物か何かが居るんですか?」
「バカラちゃんここの事を話してないらしいわね?大丈夫なの?」
私の言葉に、ダイヤは呆れた様子でバカラを見やる。
連れてこられる時もダイヤに聞かれたが、私は本当に何も聞いていない。
なので、本当にこの先何が起こるか分からず常にビクビクしている状態だ。
「詳しい事は見てもらった方が早いと思ってね」
「まぁ。それは、確かにそうよねぇ」
バカラが悪びれた様子もなくダイヤに告げるとその言葉に納得したのかダイヤは思案顔になり、顎に手を当てている。
聞いているだけの身としては何を見せられるのか分からないのが恐怖を助長していた。
「まぁバカラちゃんの意図は分からないけど、人手不足だものねぇ。私もまだこっちが本職じゃないし、人材確保も急務よねぇ」
うんうんと首を振るダイヤの言葉に私は疑問符が浮かんだ。
ダイヤはここのCLUBの調教師で、先程呼び出されたbarの従業員で、尚且つそれは本業ではないとは一体どういう事なのか分からなくて私は無言のまま立ち尽くしていた。
全く頭が働いていないのか、情報を整理する事が今は難しい。
「では、お客様を一時の夢の世界にお連れしよう。元々、今は人手不足なのと営業前ということで人は少ないけれどね」
そう言ってバカラが手を差し出して、私をエスコートするような仕草を見せた。
この人は本物の紳士なんだと場違いな事を考えながら私は躊躇いもあったが、ここまでくると断る事もできないのでおずおずとバカラの手に自分の手を重ねた。
「んんんんんっ!!!」
私は目の前の光景から思わず目を反らした。
私が案内されたのはコンクリートが打ちっぱなしの部屋で、独特の熱気と臭いに気分が悪くなりそうだった。
この部屋に来るまでにとても長い階段を降りてきた気がするが、もしかしたら私の個人的な感覚かもしれない。
しかし、こんな光景が待っているなんて誰が予想できただろうか。
「この男は私と私の家族を裏切って、どん底を見せてくれたんだ。そのお礼と、少しの復習の気持ちを込めてきつくお仕置きを施したました。なかなかの仕上がりでしょう?」
バカラが楽しそうに此方の様子を伺う気配がするが私はそちらを向くことすらできない。
断末魔とも悲鳴ともつかない男の声に、完全に私は竦み上がってしまっていた。
「あら?自分の事を思い出しちゃった?“バラの棘”さん」
ダイヤの言葉に驚いた私は勢いよくそちらに視線をやった。
何故そんな事を知っているのだろうか、私は嫌な動悸にYシャツのフロント部分を握りしめる。
まるで蛇に睨まれた蛙の気分だ。
「んぶぅううううっ!!」
「ここまで来て、これを見てしまったあなたはもう戻れないわよ?ここの秘密は絶対だもの…」
男のくぐもった絶叫をBGMにしてダイヤの言葉が私には死刑宣告の言葉の様に頭の中に木霊した。
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