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第4話
「こらこらダイヤ君。そんな脅かさなくても頭のいい彼は分かってるよ…ね?」
バカラの謎の威圧感に私は小さく何度も頷くしかなかった。
しかし、何故ダイヤが10年以上前の自分の事を知っていたのかが気になる。
私がバカラを無言で見ていると、それに気がついたバカラはにっこり微笑む。
「こちらの世界では情報にも価値があるんだよ?交渉が有利に進んだり…」
「脅しの材料にしたりね。ちょっとうるさいから静かにしてなさい…」
「んぐぅ!!」
ダイヤは茶化すようにウィンクをすると声の発生源である男の首に何かを押し付ける。
バチッという静電気のような音がして男が急に静かになる。
男をちらりと見ると、殆ど裸のような格好に犬の様に首輪をつけて首輪には鎖が繋がっていた。
ぐったりと横たわった男とダイヤの一言、その行動が“脅し”という言葉に真実味を帯びさせて居て私はぞっとするような寒気を感じた。
バカラは冷めた目で男を一別したが、すぐに私に笑顔を見せたがその笑顔が恐ろしくてまた手が震えはじめる。
「まぁ脅しとは人聞きが悪いが、情報は持っているといないとでは話の進め方が大きく変わるよね?」
「えぇ…そう…です…ね」
同意を求められたので、私はぎこちなく返事をした。
そんな私にバカラは満足げに話を続ける。
「頭のいい君ならここまで聞いたら分かるよね?先程ダイヤ君が言った通り、ここでの事は他言無用だよ?」
「も、もし…誰かに話してしまったら?」
私は勇気を振り絞って震える声で問いかけてみる。
するとバカラは笑みを更に深くして私に近付いてくる。
私は恐怖のあまり、遂に全身がガタガタ震え両手をぎゅっと握りしめて近付いてくるバカラを見ている事しかできなかった。
きっと蛇に睨まれた蛙や、ギロチン台に乗った死刑囚達はこんな気持ちだったのかもしれない。
「この男と同じ、家畜以下の扱いを受けるだけですよ」
「ひっ!!」
耳元で囁かれた言葉に私は余りの恐怖に短い悲鳴をあげてしまった。
こんなに恐怖を感じたのはいつぶりだろうかと冷静なもう1人の自分が頭のなかで呟いた。
「もぅ!バカラちゃんたら、自分が脅してるじゃないのよぉ」
「ふふふ。これは取引だからね?私も優しいだけじゃいられないさ」
バカラの後ろに居たダイヤは呆れたように腕を組んでため息をついている。
その言葉にバカラは不敵に笑って見せ、私はその取引に乗らないわけにはいかないことをひしひしと感じていた。
「と、取引とは私は一体何をすればいいんですか?」
震える声を何とか振り絞って私は二人の顔を見た。
しかし、それは直ぐに後悔へと変わる。
二人は互いに目を合わせるとニヤリと笑ったのだ。
「こちらの部屋の子達は今からお店に出す為の“レッスン”をする子達なんだ」
次にバカラに連れて来られた部屋の扉には小さな覗き窓がついており、そこから部屋の中の様子を見せられる。
そこには私と同じぐらいの青年と、まだ年端のいかないであろう子供がちょこんと大人しく座っていた。
「この子達は訳アリでね…」
「訳アリですか?」
後から知ったのだが、ここに集められる人間は家出・一家離散・借金返済困難者等、様々な理由からここへ連れられて来るのだそうだ。
「君にはこの子達見たいな子を斡旋して欲しいんだ。拒否権は君にはもうないけどね…」
私ははじめて仕事の内容を告げられ、目眩のする思いだった。
同世代の男や、何より年端もいかない子供が先程の部屋に居た男の様な目に合うのだと考えると胸が押し潰されそうになる。
「しかし、心配はいらないよ。小さな子供達はこれからの事を考えて寮に入れるんだ」
私が渋い顔をしていることに気が付いたバカラは私を安心させるように肩に手を置いた。
しかし含みを持たせた言い方に、私はどうしても納得できずにモヤモヤとした思いを抱いてしまう。
「うちの寮に居る優秀な人材をそちらに寄越すから、これからの仕事はその子に聞くといいよ。ではこれから楽しみにしているよ…巽?」
バカラはそう言うと再び不敵な笑いを浮かべて私を館の入口までエスコートした。
そのまま屋敷から出され、車に乗せられて質屋に着く頃に私はやっと我にかえった。
車から降りて店の外観を見ると、所々外装は剥がれ落ち蔦が絡まり酷い有り様だった。
渡瀬が居たときにはこんなに酷くなかったし、手入れもきちんと行き届いていたはずだ。
私は仕方が無いことなのだと自分に無理矢理言い聞かせながら裏口にまわって店に入った。
「ごめんください」
バカラのところで見た事は、全部たちの悪い夢だったのでは無いだろうかと思い始めた頃、質屋に一人の子供がやって来た。
「はーい」
「はじめまして。こちらに来るように言われてきました。橋羽浩司 と申します」
見た目の幼さとは裏腹に、しっかりとした口調の小学生くらいの男の子がこちらにむかってペコリと頭を下げた。
私は質屋の入口に立ってるその子供を呆然と見ていることしかできなかったのだが、橋羽はずかずかと店の中に入ってくると呆然としている私の横にどっかりと座った。
「バカラ様から、今日からあなたが私の主人になると聞きました。取り合えず帳簿を持ってきて下さい」
そう言って手を差し出してくる橋羽に呆気にとられぼんやりしていると、少しイライラとした顔になってくる。
それがなんだか子供らしいなと場違いなことを思った。
「何ぐずぐずしてるんですか?早く持ってきて下さい!」
「あ、はい」
こんな感じで橋羽との生活が始まった。
彼は見た目に反して凄くしっかりしていて、年上の私が指導されることもよくあった。
「この貸付の金額は何ですか?品物に対して、評価が少し高すぎます。品物から換算して最小金額で貸付をしてください!」
小さな身体で私に意見してくる様子はまるで小さな母親の様だった。
渡瀬が店を出てしまって退屈なのに、経営が苦く息が詰まるような毎日だった私には橋羽との生活は全てが新鮮だった。
「君は何であの店から私の所に来てくれたの?」
「私は“調教”には向いていないそうです。少しはそう言った事はしてみたのですが、ただ気持ち悪いだけで何も感じませんでした。私は数字を見ている方が才能があったみたいです」
ある日私はなんの気なしに橋羽にここに来た理由を聞いてみた。
橋羽はここに来てから私の真似をして一人称が“ぼく”から“私”へと変わった。
健気な様子を見ているとまだ幼いうちに別れた兄弟たちの事を思い出していたのだが、橋羽から飛び出した“調教”の一言に私は愕然とした。
確かに橋羽はここにただやって来た訳ではない。
この質屋の存続と多分私を監視するという目的で派遣されてきたのだろう。
その事に私は改めて気が付いて謎の胸の痛みに襲われたが、その時は気のせいだと思いそんな痛みの事など直ぐに忘れてしまった。
「巽くんは、相変わらず肌がすべすべだね?しかも最近は着流しなんて着て、色気が増したんじゃないのかい?」
「んっ…いえ。そんな事はないですっ…よ」
たまに骨董品を買ってくださるお客様のお宅に商品を持っていくことがあった。
床を共にしようと誘われれば、特定の相手もいないので断る理由もなく肌を重ねることは珍しい事ではなかった。
子供の頃に覚え込まされた快楽はそうそう手放せるものではなく、自ら進んで相手を頼むことさえあった。
「着流しは小さな番頭さんのアドバイスかな?」
「いえ…先代が着ていた物が少し出てきたので、拝借してるだけですよ」
「それより、あの話は考えてくれたかね?」
「ふふふ。なんどお誘いいただいても、私はあの店が大切なのでお誘いに乗ることはできませんね」
「まぁ、いずれはうんと言わせてみせるさ」
私は帯を締めながらお客様の話に答える。
実は色々な業者の方に愛人契約を持ちかけられているのは確かだ。
目の前のお客様も自分が養ってやるから是非愛人にならないかと何度もお誘いを受けている。
枕営業と言われればそれまでだが、私には全くそんなつもりは無かった。
それに橋羽が来てから表の仕事は少しずつではあるが回復してきているのも確かだ。
ただ、裏の仕事はまだなかなかルートが掴めず手探りの状態なので、それが不安材料である。
「ただいま~」
「受け渡しにどれだけかかってるんですか?店の主人として自覚を持ってください」
質屋に帰ると、学ラン姿の橋羽が仁王立ちで待っていた。
「少しお客様と話が弾んでしまってね…」
「それは…随分と親密にお話されたようで」
「ひゃっ!!えっ!ちょっと!!」
私より背の低かった橋羽に草履を揃える為に屈んだ首筋をするりと撫でられ、変な声が出てしまった。
慌てて口を押さえたが、強引に手を引かれ奥の居間まで連れてこられる。
乱暴に手を離されれば私は遠心力でぽてんと床に倒れてしまう。
日の光で剥げてしまった畳の色や、織り目がやけに近く見えた。
何をするんだと見上げた橋羽の顔には珍しく怒りの表情が張り付いており、私はおやっと思いながら首を傾げた。
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