4 / 18

Santa Baby④

1番客は、黒縁眼鏡にスーツを着た若いリーマンって 「あれ、祐次くん」 アリサは目をパチクリさせる。 いきなりかよ! まさか初日の1発目に来るとは思わなかった。 「えへへ、来ちゃいました。アリサさん素敵ですね。ハジメさん、お久しぶり」 祐次は俺を見て固まった。それから顔を真っ赤にして 「めっちゃいい・・・」 と口を覆いながら小声で言った。 「写メ撮っていいですか?」 スマホを素早く取り出してきた。キメ顔で言っても無駄だ。ヤメロ。 「・・・ご注文は?」 他人行儀に言ってやった。客らしくしてろ。 「ヤバい・・・ヤバイですね今の!」 アリサと顔を見合わせてウンウンと頷いている。なんなんだお前ら。さっさと弾くことにした。 「ナット・キング・コール、L-O-V-E」 アリサを見てそれだけ言って、軽快なイントロを弾き始めた。アリサはムッとしていたけど、すぐ歌に入っていったから流石だ。 祐次はポカンと眺めていたが、後藤に呼ばれてカウンターに座り、何やら楽しげに話し始めた。客もポツポツと増えてきて、小1時間もすれば意外にも満席になった。そのタイミングで祐次は 「そろそろ帰りますね。いいものを見られてよかったです」 とホクホクした顔で帰っていった。もう来るな。 弾いてみて分かったが、かなり曲のレパートリーがいる。今日はジャズの定番曲やCMソングなんかをアレンジして凌げたけど、バイトが終わるまで毎日違う曲を弾くなら、下手したら100や200曲じゃきかない。 後藤はそこまではしなくていいと言っていたけど、弾いている最中に 「年配の方が増えてきたから往年の曲お願いします」「お客さん少なくなってきたから静かな曲で」 なんて指示が入った。 客や雰囲気を見て曲を変えるのは思ったより神経を使う。正直ウエイターに駆り出された時はホッとした。 「今度からアリサが曲選んで」 仕事が終わって、帰り道でアリサに言った。 アリサの方が客もよく見えるし、俺もピアノに集中できる。 「分かった。私もレパートリー増やしておくね」 アリサも声に力がない。 「やっぱりまだまだだなあ・・・」 アリサは空を仰いで白い息を吐く。 俺はこのバイトが終われば好き勝手に弾くだけだけど、アリサは違う。プロを目指しているらしいからな。 「俺はお前の歌嫌いじゃねえけどな」 アリサはコートを翻してこっちを見た。そして睨みつけてくる。 「ゲイのくせにそういうこと言ってんじゃないわよ」 「ハア?褒めてやったんだろうが」 「褒めっ・・・!あーもう!アンタってホンッット・・・!」 アリサの顔はみるみるうちに真っ赤になっていく。 「見てなさいよ!ぜーったい上手くなってやるんだから!」 アリサはぷいと顔を背けて、駅の改札を抜けて行った。

ともだちにシェアしよう!