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Warm December②

その次の日は、どちらにも顔を出していた。 でも楽器店では極力俺と関わらないようにしてて、バーに行く時も俺と時間をずらしていた。 開店から30分くらいして、アリサがやってきた。それから、あのリーマンも。昨日渡された名刺には八田と書いてあった。スーツ姿の八田は俺を見て、軽く手をあげる。俺は会釈を返した。 アリサの歌は磨きがかかっていた。力強く澄んだ声は水晶のように美しく、鋭く、客の心に突き刺さり視線を集める。 だけど 「アリサ、もう少し抑えろ」 後藤から求められているのはBGMだ。あの歌い方はどちらかと言えばライブ向けだ。 休憩時間にそう言えば、アリサの黒目がくすんで、わかった、と苦々しく返された。 「でも上手くなったよな」 それは本当にそう思う。この短期間で大したもんだ。 「アンタって、本当に音楽にしか興味ないのね」 アリサは嫌味を言いつつも、くすぐったそうに身をよじり、 「・・・ありがと」 と小さな声で呟いていた。見間違いじゃなけりゃ目元が少し赤くなって瞳は潤んでいた。 アリサは相変わらず口を効かなかったけど、少しだけ空気が軽くなったような気がした。 休憩から戻ると、入り口で八田が待ち構えていた。 「今日の予定は?」 空いている、と答える前に 「今日は打ち合わせがありますので」 とアリサがピアノまで俺を引っ張っていった。 マジかよこの女!何様だよコイツ。 そんな念を込めてアリサを睨みつけたが、ツンと澄ましてマイクに向かっていた。 イライラしながら椅子に座って、息をふーっと吐く。 本当はフランツ・リストのエチュードでもガンガン鳴らしたい気分なんだけどな。 後藤の顔を見る。目が合うとヤツはニッコリ笑って、ピアノを弾くのをねだるカホみてえなキラキラした目で見つめてくる。客に目を移す。後藤と同じような表情をしたヤツらが何人か確認できた。 うん、ちょっと落ち着いた。 鍵盤に指を置く。Joy To The Worldの、高音域で響く和音が気持ちを鎮めていく。 アリサの声は高く細く、それでいてバイオリンのようによく響いて、金粉を振り撒いたように店の空気が明るくなった。 本当にスイッチのオンオフがハッキリしている。 アリサはバンドをやっているだけあって、客をよく見ている。 話声を邪魔しないように歌詞をハミングに変えたり、指揮者のように『ピッチ上げて』とか『静かにして』とか控えめな身振り手振りで指示してくる。それがとてもわかりやすい。ピアノ奏者と言うより人間ジュークボックスになった気分だ。助っ人に入っていたライブとは勝手がまったく違う。 アリサは大したヤツだ。そうでなきゃ一緒にこの仕事をしたりしない。 音楽をやっている時はあんなにわかりやすいのに、そうでない時は何を考えているのかまるで分からなくなる。アリサは休憩に入る度にムスッとしていた。 最後までやり切ったけどな。後1週間もあるんだけど、先が思いやられる。 「やっぱりああいうの、よくないと思う」 アリサはロッカーにもたれ言った。 「ああいうのって?」 「他の人と、その」 「だからセックスしてきただけだって」 「セッ・・・?!信じらんない!ホントに行ったの?最低!」 アリサは何回も最低!と繰り返す。 「そ、そういうのは、ホントに好きな人としかしちゃダメでしょ!」 「あのな、男同士ならホテル行ってスッキリしてハイおしまいなんて珍しいことじゃ」 「そういうことじゃないわよ馬鹿!」 ゲイに偏見は特にないヤツだったと思うんだけどな。でもあれだ。ゲイの世界のことをわかっちゃいないんだな。まあそれが普通なんだけど。 「もうあの人と会っちゃダメだからね」 「なんでアリサに指図されなきゃいけねえんだよ」 「だって・・・」 アリサの声と目に涙が滲む。 「もういい。お疲れ様!」 アリサはコートを着るとロッカールームを飛び出した。

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