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Warm December③
俺もモッズコートを引っ掛けてバーを後にする。オックスフォードシャツにニットタイを合わせた格好に全く不釣り合いだが、どうせ演奏する時は脱ぐんだしこれしか持っていないから仕方ない。
エレベーターを降りると、ビルの入り口の所から声が聞こえてきた。
「だから、祐次くん困っているじゃないですか。帰ってください」
アイツ、今日来てたのか。全然気づかなかった。ガラス張りのドアの向こうには、余裕の笑みを浮かべる八田とおろおろしている祐次がいて、その2人にアリサが噛み付いていた。
「この前はハジメにちょっかい出してましたよね」
「へえ、彼、ハジメ君っていうんだね」
八田はニコリとする。アリサは面食らっていた。
「な、名前も知らないのにあんな」
「ハジメ君とは合意の上だし、割り切った行為だよ」
「なっ・・・だからって」
感情的に喚くアリサより、八田の方が上手だな。
出て行ったらめんどくさいことになりそうだし、裏口から出よう。でも次のアリサの言葉でそんな考えが吹き飛んだ。
「だいたい、ハジメには本当に好きな人が」
目の前で白い火花が散ったような気がした。大股で玄関まで歩いていって、割れるんじゃねえかってくらい勢いよくガラス戸を開けた。
「いい加減にしろよ、アリサ」
アリサも祐次も少し身体をのけぞらせた。
あれ、そんなにビビるような顔してたのか?
八田だけが笑みを浮かべながら
「彼氏いたの?」
と近づいてくる。
「いない」
「じゃあ大丈夫だよね」
とアリサの方を見た。
「違・・・そういう事じゃなくてっ。
ハジメの事、何とも思ってないんですか?
簡単に祐次くんにも声掛けたりして」
「かわいい子だなとは思うよ。でも恋人になって欲しいわけじゃない。なってくれたらラッキー、とは思うけど」
すらりと流し目が送られてきた。
「断る」
振られちゃった、と八田は肩を竦めて笑う。
「で、祐次くんだっけ。君から返事を聞いてないんだけど」
祐次は突然話を振られて、黒いコートを纏った肩をびくっと震わせた。
「えっと、僕は・・・」
祐次は助けを求めるように俺をチラチラ見ている。
アリサが意を決して、だから、と口を挟むと
「黙って」
と八田が苛つきを孕んだ口調で言ったものだから、それきり口を噤んでいた。
「あの、僕は、友人と帰りますから!」
祐次がいきなりデカい声を出したから、八田も俺も呆気にとられた。
失礼します、と俺の手を取ってズンズン歩いていく。アリサも慌てて追いかけてきた。
八田はやれやれ、といった風に頭をかいて、すんなり帰っていった。
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