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Trac04 Underneath the Tree/ケリー・クラークソン①
『ーーーーあなたは私に必要なすべて』
ケリー・クラークソン/Underneath the Tree
それからというもの、アリサは最低限にしか口はきかないくせに俺にべったりだった。
八田はおろか他の客が近づくだけでさり気なく俺の前に歩み出た。バーの行き帰りは必ず着いてくる。
正直言って息が詰まりそうだったけど、あと一週間の我慢だ。
ますますきな臭くなってきたのは、バイトが終わる3日前。いつものように曲を弾いていると、アリサの歌が急に途切れた。それはほんの一瞬のことで、その後すぐに復活したけど。
「調子悪いんだったら来なくていいじゃねえか」
帰り道でそう言うと
「私は邪魔だっていうの?」
「無理すんなって言ってんだよ。バンドもあるんだろ」
「・・・いいの。今は歌に集中したいし」
「上手くなったと思うけどな」
アリサの頬が色づいていく。
「あ、あとちょっとだし、ご、ご飯も奢ってくれる予定だしね」
アリサはマフラーを鼻まで引き上げる。
「おい、なんで俺が」
「バイト代入るでしょ」
「だからピアノ買うんだよそれで」
「また溜めればいいじゃない」
アリサの口調がふわりと柔らかくなった。気分がコロコロ変わるヤツだ。
「ヤダよ。ユウジと全然演れてねえし」
まただ。眉をギュッと寄せて、キュッと唇を引き結んでいた。
「あっそ」
と愛想のない言葉が転がり落ちる。
それを横目にユウジのことで頭がいっぱいになっていった。
バイトを始めてから帰るのが遅くなって、平日は顔さえろくに合わせていない。ギターの音も聞いていない。そういえば、見にくるとか言っといて1度も来てねえな。まあカホの世話も押し付けてるしな。
気がつけば俺とアリサは、深いため息を同時に吐いていた。
クリスマスイブは客が最初から最後までひっきりなしにやってきて、アリサも俺もてんてこ舞いだった。
休憩時間なんて有ってないものだった。
アリサは「ごめんね、動いてくれた分時給は出しますから」と後藤に泣き付かれウエイトレスに回っていて、俺はほぼ1人でピアノを弾いていた。
選曲はアリサに任せっきりだったから、かなり神経を削られた。
終わる頃にはクタクタで、帰った後はユウジの顔さえ見ずに寝てしまった。
八田もちゃっかり相手を連れてきていて、色気のあることなんて一つもなかった。
更に翌朝は、大興奮したカホに叩き起こされた。勘弁してくれ。
朝の7時前からカホは
「サンタさんにもらったんだよ!」
と目をキラキラさせブカブカのドレスを着てティアラを掲げて見せてきた。
ユウジは満足そうな顔で朝飯を作っていて、俺と目が合うとニッと悪戯っぽく笑った。
カホはティアラを頭につけて「お姫さまみたい」と何回も鏡を覗きこんではニコニコしている。
俺もなんだか妙な達成感が込み上げてきて口の端が上がった。
なるほどな。確かにちょっとクセになるかもな。
ちょっときつかったけど、今日でバーの仕事が終わるかと思うと少し名残惜しい。
いいピアノを存分に弾けて金が貰える仕事なんてそうそうない。
楽器店でのバイトは、昨日から会計の度にプレゼント用の包装に発送にと中々忙しかった。
アリサは時々小さく咳をしていて、今日は来ないかと思ったらバーのバイトに付いてきた。
「今日はやめとけよ」
「無理はしないし、足を引っ張るようなことしないから」
まるで縋るようにお願い、と言われてビックリした。ますますヤバイんじゃねえかと思えてくる。
よし、腹括るか。アリサが歌えなくなっても、この前みたいに一人で演ればいい話だし。
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