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Underneath the Tree②

今日もバーは満席だった。 アリサはいつものように透明な声でWhite Christmasを奏でる。雪に音が吸収されたような柔らかな響きは、客達の間にさりげなく、しんしんと降り注ぐ。 でも、嫌な予感は的中した。 アリサは凍りついたように歌を止めた。 口を開いていて腹に力も入っているのに、声が出てこない。 慌ててリタルダンドして曲を終わらせた。 恐る恐る次の曲のイントロをゆっくり弾き始めたが、アリサは愕然としていた。 繰り返されるイントロに客の目が集まってくる。 「纐纈さん、ちょっといいですか」 後藤がアリサの苗字を呼んだ。 アリサは頷くと、ふわふわした足取りで歩いていった。 アリサは白い顔をしてカウンターに座っていたが、後藤から飲み物を渡され、何やら話をしていた。 あ、やばいかも。どこ弾いているか分からなくなってきた。それでも指が動きを覚えていて、勝手に曲は進んでいく。楽譜を頭に浮かべてどこまで弾いたか追いかける。 そして、ふっとその先が空白になって、指は止まった。 「よっ、上手くなったじゃん」   上から、声が降ってきた。 振り返ると、スーツ姿のユウジがいた。 「え、どうした?」 「見に行くって言っただろ」 ニッと口の端を上げる。 「カホは?」 「一曲演ったら迎えに行く」 「は?」 「飛び入り参加」 後藤がいつのまにかアコースティックギターを持ってきて、ユウジはそれを抱える。 「Jingle Bells Rockな」 弾ける?と目配せしてくる。今日はまだ弾いていないし、頭に入ってる。 椅子を引いた。鍵盤に指を乗せて、ユウジを見る。 ピアノの上にぶら下がるバトンに設置されたライトに照らされたユウジは、バンドをやってたときみたいに挑戦的な目付きをしていた。でも弦から弾かれる音はいつも俺と演ってる時みたいな暖かい響きだった。 肩からすっと力が抜けて、顔が綻ぶ。ユウジの音を聴くのは本当に久しぶりだ。 やっぱりユウジと演るのは楽しい。 音が弾みそうになる。すると測ったみたいにユウジが音のボリュームを増やしてきた。 え、アレンジすんの?ていうか完全にギターが前に出てんだけど。 まあいいや。俺は取り敢えず伴奏に回る。ユウジはお構い無しにカッティングやらスラムやら入れてジャカジャカ弾きまくる。完全に遊んでんじゃねえか。もうアホらしくなって俺も好きなように弾いた。調子に乗ってアドリブを入れて、装飾音符も付けまくってやった。 でも弾き終わると、客から拍手が上がった。こんなのこのバイトを始めてから初めてだ。 「あースッキリした!カホ迎えにいってくるな」 ユウジはめちゃくちゃさっぱりした顔をして、俺の肩を叩いた。それから拍手をしている客の間を恥ずかしそうにペコペコしながら歩いて行って、後藤にギターを返していた。 アリサはというと、凄くビックリした顔をしながらユウジを見ていた。それからこっちを見ている俺に気がつくと、ふいと顔を背けた。その表情が、なぜか今にも泣きそうに見えた。 アリサは結局この日マイクの前に立つ事が出来なかった。やっぱ無茶してたんだな。けれども、オーダーストップの時間になると、俺とアリサは気恥ずかしくなるほど後藤に褒めちぎられた。 「来年も頼むよ」 って冗談めかして言う後藤に 「気が向いたらな」 って返しといた。アリサに思いっきり叩かれたけど。

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