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Underneath the Tree④
女とキスなんかしたことないけど、アリサのそれは男とは比べ物にならないくらい柔らかくて、むせかえる程甘い匂いが皮膚や髪から立ち昇ってくる。舌が唇を割って入ろうとしてきたから慌てて肩を掴んで引き剥がした。
俺の掌に収まるくらい小さな肩だった。それを更に小さく縮こめて、上目遣いで俺の様子を伺っている。
「悪いけど、やっぱ女は無理だ」
際限のない柔らかさや嗅いだことのない香りにびっくりはしたけど、心は全く動かなかった。下世話な話だけど勃ちもしなかったし。
「ホントに?」
アリサはまた唇を奪おうとしてきた。肩に置く手に力を入れて止める。
ちょっと乱暴かなと思ったけど、アリサの顔を両手で包むようにして俺の顔の方を向かせる。その顔の中でくしゃりと眉間が寄せられて、頬と口元が引きつる。
「やだ、聞きたくない・・・」
アリサは微かに首を振る。怒られる前のカホみてえな顔をするもんだから気が引けた。
それでも、アリサの目を真っ直ぐ見て言った。
「アリサ、俺がノンケでも、お前を抱く気はねえよ」
アリサは声を上げて、その場で泣き崩れた。
うん、確かにもっと言い方ってもんがあったよな。
泣かせちまったな。ユウジに女泣かせんなって言われてたのにな。
ガキみてえにわんわん泣きじゃくるアリサを見下ろしながら、こんな時でもユウジのこと考えている俺は、やっぱり最低なヤツなんだと思う。
アリサが声を上げるのをやめて、小さくしゃくり上げるだけになったころ、俺はアリサに手を貸し立ち上がらせ、なんとか通りまで連れて行ってタクシーを拾った。運転手に足りるかわからないけどタクシー代をいくらか渡した。
「アリサ、悪かったよ」
タクシーのシートに座りかけたアリサはまだ涙を拭っている。化粧が落ちて目の周りも指先も真っ黒だった。
「あと、」
アリサは淀んだ目で俺をじっと見る。
いや、そんな何かを、期待するような顔はやめてほしい。今から言うことはただのワガママだ。
「あのさ、歌、やめんなよ」
アリサの目に光が咲く。
「前にも言ったけど、俺はお前の歌嫌いじゃねえんだ」
「馬鹿!」
という言葉と同時に張り手を食らわされた。
顔の向きが変わるくらい強烈なヤツを。
「ホント最悪・・・!私、アンタのそういうところ大っ嫌い!」
アリサはさっさとタクシーに乗り込み、扉が閉まるまで俺を睨みつけていた。発車するとアリサは鼻を鳴らしてツンと前を向く。
それを見てなんだか少しだけ安心した。
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