97 / 107
第三章・26
可愛いだけの男じゃない。
稀一は、初めて蒼生とテニスで対戦した時のことを思い出していた。
どんな球でも、必死で追いかけてゆく負けん気。
そんな彼特有の強さを、思い出していた。
「蒼生、ちょっといい?」
「何ですか、若宮さん」
稀一は、唇を噛んだ。
先だって、自分から別れを切り出したのだ。
蒼生の中では、俺はもう終わった男。
『稀一さん』ではなく『若宮さん』なのだ。
気を取り直して、稀一は蒼生をディナーに誘った。
「妊娠でなくってよかったな。お祝いしてあげたいんだ」
「ありがとうございます。喜んで」
蒼生は、心の中で泣きそうだった。
普通、逆でしょ!?
赤ちゃんできたら、喜ぶものでしょう!?
しかし、今夜が勝負どころだ。
何食わぬ顔をして、蒼生は晩まで過ごした。
ともだちにシェアしよう!