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第三章・30
「でもね、悲しかったけど嬉しくもあったんです。完全無欠の稀一さんが、そんな最低男だった、ってこと」
「最低男、だと」
「稀一さんは、いつだって人の上に、僕の上に立っていた。それがあの出来事で、下まで転がり落ちてきてくれた」
稀一さんは、僕と同じ人間なんです。
蒼生の言い分を、稀一は黙って聞いていた。
すると、手切れ金に中絶費用を出してやる、と言ったことも最低男のセリフなのか。
「世間一般では、か」
稀一は静かにそう言った。
「俺は、最低男、か」
そう言って、静かに蒼生の手を取った。
「俺の選んだ蒼生が言うのなら、そうなんだろう」
「稀一さん」
「すまなかった」
そして稀一は、そっと蒼生の手の甲にキスをした。
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