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第5話 masked3
店員のやる気のない台詞を背に受けながら、夕焼け色に染まるゴミ箱の前で立ち止まる。どのコンビニにも見られる定型のそれらの剥げかけた文字を見て、手元のビニル袋を持ち上げる。中身は、新発売と書かれポイント値引きをされたお菓子だ。高級感のある黒地に箔押しの装丁から、つい手が出てしまった。
先日の泰正を思い出す。あのあと、コンビニで会い、竜崎少年のことを聞いた。歯切れの悪い台詞の中で、わかったのは、竜崎は、自他共に厳しい人間であること。
高校サッカー部の中で、主将を務めるような、リーダーシップがあるタイプ。リーダーをつとめる人間には、二種類あるが、彼はカリスマ性をもっているほうだ。ワンマン社長に多い。そんな印象を持った。ただ。
お菓子の箱を開けながら、考える。それは、泰正から聞いただけの印象である。実際は、どんな人間かは、もっと話してみないとわからないだろう。見た目が優しくて、言動も優しい人間も、裏ではどんな風に考えているかはわからない。そんな人もいるのだから、他人が話した第一印象で判断することは悪手だった。
それでも、ひとつ、わかっていることがある。それは、太一にとって、対峙するのにひどく緊張感をしいられる人間であること。
太一は、中から出したチョコレートの個包装を開けて、紙マスクをずらす。ダークと書いてあっただけあり、カカオの味が濃い。生チョコを食べたことはないのだが、こんな味になるのだろうか。そんなことを考えて、少し柔らかい食感のお菓子を堪能した。
「あれ、菊井くんだ」
時計を見つつ、お菓子を頬張るうちに、後ろから聞き覚えのある声をかけられた。太一が振り返ると、青のジャージに身を包んだあのときの少年。泰正を呼びに来た、竜崎翔太。
「こ、こんにちは」
軽く会釈すると、竜崎はにっこり微笑んで、かぶっていた帽子 を持ち上げる。そうして、そのまま太一の隣に並ぶと、手元を覗き込み驚いたように声をあげた。
「あっ、今日発売だったのか。これ、ファンなんですよ」
美味しいでしょう。にっこりと微笑んで、じっと太一の手元を見る。そうしながら、このメーカーのチョコレートについて、おいしい理由を簡潔に話してくれた。あまりに詳しい解説に、本当にファンであると感じ入る。そこのコンビニでまだ残っていたと伝えれば、彼は、軽くスキップするように手早くコンビニに入り、同じものを三箱も提げて帰ってきた。
この間、太一の口の中のチョコが溶け切るまでである。
「……甘党、なんですね」
「甘党なら、俺よりも十津川ですよ」
ふ、と笑ったような音。初対面の印象のせいか、彼の手元ばかりに視線がいってしまう。せっかく話をしているのに失礼だろう、と感じながらも、突然現れた竜崎をまともに見ることができなかった。そんな太一に気付いたのか、竜崎は苦笑をこぼす。
「あんな風に怒ってるの見たら、誰だって怖いですよね」
「や、ちが、えっと」
「誤魔化さなくていいですよ。十津川みたいに鈍感なつもりはありません」
気のぬけた返事しかできず、素直だなぁと感想を貰ってしまった。それきり言葉をかけることができず、チョコをもうひとつ頬張る。隣を盗み見ると、先日も思ったが、どこかの俳優やアイドルにも負けないぐらい綺麗な顔立ちだった。ヘーゼルの垂れ目に、泣きぼくろ。すらりとした手足は、高校生なのに、どこか大人びた仕草をする。周りの人が放っておかない人物というのは、おそらく竜崎のような人のことを言うのだろう。
「食べます?」
ふいに差し出された何かに驚いて、一歩後ずさる。そんな太一を見て、竜崎は「ごめんなさい」とにこやかに謝罪した。いつもと違うテンポに、慌てて頷いた。どう返せばいいのかわからなかったのだが、それに対して彼が何かいうことはない。何か話題を、と太一の視線がさまよい、彼の手にあるものに集中する。
「トマトシュークリーム……」
手の中にあるのは、ボール紙でつくられたパック。そこには、太一が読み上げた商品名が記されていた。
「はい。ここのコンビニ、こんなものまで売ってるんですね」
興味本位で買ったら、意外とあたりだったんですよ。どうぞ、ともう一度差し出された箱。竜崎の笑顔と箱を往復した視線は、なんとか箱に定められた。いただきますの挨拶とともに、太一は、ひとつ取り出す。見た目は、何の変哲もないミニシュークリームだ。トマト要素は、どこにもない。匂いを嗅いでも、特に変化はない。不思議に思いながらも、口に放り込む。
「おいしい……」
「でしょう? 僕も驚きました。ゲームキャラクターとのコラボ商品というから、ネタだと思っていたんですが」
太一がこぼした言葉に、うれしげな賛同があがる。どうやら、期間限定商品のようだ。その後も、竜崎は、お菓子についてぺらぺらと蘊蓄を語った。聞いていて楽しい雑学に、おいしい商品。気づけば、竜崎が勧めるままに、半分ほどミニトマトシュークリームを平らげてしまった。
驚いたことに、竜崎は当初考えていたほど話しづらいことはなかった。初めて会ったときの印象が強くて恐怖が先行するものの、今話している彼の表情は柔らかく、話題も豊富だ。相手の表情や仕草から、どういったことに興味を持つか読み取っているのだろうか。彼が話す言葉は、耳に心地よくとても楽しませてくれた。これなら、泰正の方が、よっぽど武骨でいかつい印象を与えるだろう。
「ここのコンビニ、意外と美味しいもの揃えてるんですね」
「う、うん。そうみたい、ですね」
空き箱をいれられてぱんぱんになったビニル袋を見ながら、見た目とは違うんだなぁとぼやく。太一も線が細いが、竜崎もなかなか華奢な体型をしている。それにも関わらず、この二十分程度で食べたものは、主食からおやつまで十種類を超えていた。
話をしながらどんどん食べ物を追加していく様は、驚異的でかつ面白かった。三度目に入店したときは、店員の方から「これ、新作でポイント値引きもついてるんでよかったら」と言われる始末。完全に顔を覚えられたに違いない。元々利用が多い太一は、きっととっくに覚えられているだろうが、今日だけで覚えられた人間は、なかなかないだろう。
「これで、最後かぁ」
そう言いながら、カカオ豆にこだわった少し高級路線のチョコレートを出して、口に放り込む竜崎。これで二十一種類目。密かに数えていた種類をカウントして、この店舗のお菓子コーナーをすべて制覇してしまったのではないだろうか、と、とりとめのないことを考える。店内には入っていないが、少しずつ量が減ってしまったお菓子コーナーを、この少年一人がほとんど食べてしまったなどとは誰も思わないだろう。そう考えて、ふふっと笑ってしまった。
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