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第2話
呼び止めた璃世の声に、中年の奴隷商は怪訝そうに振り返る。
そして璃世の顔を見るなり、商売を始める表情に切り替わった。
「おや、英 の坊ちゃんじゃないですか! それに、後ろのは橘の……こりゃあ驚いた。お二人ともやっと奴隷にご興味を持たれたようで」
上流階級の家庭は奴隷を持つことがステータス、とやや歪んだ価値観が広まっている時代。
その中でも璃世が育った英家は、両親は多くの奴隷を従えていたが、その息子たちは奴隷を持っていなかった。
長男から皆それぞれの場所で仕事に尽力するのみで、権力を誇示することには毛頭興味がなかったのだ。
また、藍が育った橘家では奴隷を必要があれば教育して使用人として雇うなど、世間一般とはやや異なる扱いをしていた。
この現代においてやや浮いた存在の2人が奴隷商に声をかけることは珍しいと思われても不思議はない。
「先程、声を上げていたのはどちらの青年ですか?」
「あぁ……こいつですよ。2人とも歳もいってるのに使い道がなくて返ってくるんですよ。そろそろ処分と思っていたんですがねぇ」
俯いていた栗色の髪の毛の青年の鎖を引き、前に突き出す奴隷商。
「いかがですか?」と璃世は尋ねられ、狼狽えてしまう。
「おい璃世、いい加減に……」
「君、声を……聞かせてくれるかい?」
璃世の声かけにびくりと身体を震わせた青年は、恐る恐る顔を上げる。
左頬に傷痕が残る、白く滑らかな輪郭。
薄い唇ははくはくと動くが、そこからはっきりとした音は聞こえない。
「英のぼっちゃんの言うことが聞けないのか? だから返されるんだよお前は」
「っ、申し訳ありません……! あ、あの……なにを、言えばいいのか……」
じわりと目に涙を浮かべながら、震える声を紡ぐ青年。
先程よりは弱々しいが、確かにその響きはよく耳に馴染む。
「……彼をいただいても、構いませんか?」
「えぇ勿論! あー……しかし、処分間近とは言えど一応商品ですから……この程度は頂戴しても宜しいですか?」
奴隷商は恭しい態度をとりながら、片方の手で璃世にだけ見えるように数本指を立てた。
それに頷こうとする璃世の肩を、藍が力強く引っ張る。
「璃世! そんな簡単に決めるな。お前奴隷を買うってことがどう言うことか分かっているのか?」
「……分からない。でも、私は彼のことが気に入ったんだ。それだけではいけないのかい?」
「あのなぁ!」
言葉を続けようとする藍と璃世の間に、奴隷商が「まぁまぁ」と入り込んでくる。
「そんなに心配なら、橘の兄さんもコイツを買ったらどうです? 橘家に行けば、しっかりと奴隷を躾けてくれるでしょう?」
もう1人のじっと黙り込んでいた黒髪の青年の背を叩き、奴隷商はにやにやと笑う。
その笑みには明らかに挑発の意も込められており、気が立っていた藍の気持ちを更に逆撫でした。
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