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第4話

「……私たちも行こうか」 にっと笑った璃世にやや戸惑いながら青年は後ろをついて歩く。 ぶらりと垂れ下がった鎖と璃世を交互に見て、遠慮がちに声を出す。 「あ、あの……これ、持って……や、持たないと……? えっと、う……」 「ん? あ、これは歩くのに邪魔だね、持った方が歩きやすいかな?」 「いえっ! 違います。いつも、引っ張られていたので……持たなくても良いのか、聞きたくて」 俯いたまま、ぽつぽつと話す青年。 璃世はその言葉に一瞬眉を顰め、切り替えるように口角を上げた。 「言っただろう? 私は話し相手として君を迎えたいって。いや、同じ屋根の下で暮らすのならもっと違う言い方かな」 「同じ……屋根の下?」 「あぁ、一緒にこれから過ごすんだ。同居人、家族……まぁ、その辺りの距離感は君に任せるよ」 任せる、そんな言葉を自分に向けられたことがなかった青年は、頭の上に疑問符をいくつも浮かべる。 青年の戸惑いのポイントが掴めない璃世は、困ったように顎に手を当てた。 それから、「あ!」と思いついたように声を上げる。 「名前だ。名前を聞いていなかったね」 「な、まえ……」 ぐっと青年は奥歯を噛んで身を硬くした。 怯えるようなその様子に、璃世は青年の手を引いて人混みから離れる。 喧騒が遠く、物陰に隠れたおかげか2人に視線を向ける人はいない。 2人きりになり、璃世は口を開いた。 「ごめんね、嫌なことを聞いてしまったかい?」 「いえ……すみませんっ。僕、名前がなくて……あったとは、思うのですが」 「思うって……」 「幼い頃からいろんな人の元に行ってて、名前を呼ばれた記憶が無いんです」 息を吐くように「すみません」と付け足す青年。 璃世は堪らず自分より低い位置にある青年の頭を優しく撫でる。 俯いていた青年の顔がゆっくりと上がり、その目が璃世を捉えた。 「私が、君に名をつけてもいいかな? 呼ばれたい名があれば教えてほしい」 「……英様に、つけて頂きたいです」 「あ、私も名を伝えていなかったね。私は英璃世」 よろしく、と付け足す前に噛み締めるように青年が「璃世さま」と呟く。 小さな小さな呟きですら耳に届く、柔らかで凛とした声。 「……君の名前は少し悩ませてくれないか? 家に着くまで、君にぴったりのものを考えないと」 はい、と頷く青年の顔が心なしか和らいでいる。 垂れた目が細められ、璃世の目を真っ直ぐに見つめていた。 ふと璃世の頭をよぎる、青年の声に似た音色。 そう言えばもうすぐあの音色が響く季節だと思いながら、璃世は青年の手を引いて家路を急いだ。

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