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第7話

「藍様、失礼します。身支度が整ったのでお連れしました」 メイドがドアを軽く開け、藍に声をかける。 チラリと視線を移すが奴隷の青年……元い、桃春の姿は見えない。 「……ありがとう、下がっていい」 メイドが頭を下げて後ろに引くと、入れ違いに桃春が顔を出す。 シワひとつない使用人服に着られている桃春は、髪に艶が見え血色も良くなっている。 まぁ悪くはないか、と藍は桃春を眺めている。 その間桃春は身じろぎもせず、ただ床の一点を見つめて黙っていた。 「あ……あのー、中に入ってもらったら?」 「あぁ。おい、入って来い」 翠が遠慮がちに言い、藍が声をかけると桃春はやっと部屋の中に入って2人の目の前に立った。 「俺は初めましてだね。藍くんの弟の翠です、よろしく」 翠がそう声をかけると桃春はちらりと視線を向け、すぐに下に視線を落とす。 口を真一文字に引き結び、光のない瞳だけを動かす桃春。 翠はこの場に居心地の悪さを感じつつ、桃春と兄を繋がなければと言う使命感に駆られていた。 「……橘藍。俺がお前の主人だ。この家では使用人として、家事全般、その他この家の中の仕事を担ってもらう。仕事については、父の秘書から話があるはずだ。分からないことは秘書に聞け」 「藍くん、せっかくだし名前呼んであげてよ」 「……例え名があっても、ここに来たら新しい名前をつけることになっている。お前のことは“桃春”と呼ぶから覚えておけ」 一瞬だけ瞼をぴくりと震わせ、桃春は藍の顔を見つめた。 しかし反応という反応はそれのみで、言葉は一向に発さない。 その様子に苛立った藍は、思わず舌打ちをする。 「口がきけない訳ではないだろう? 返事くらいしろ」 「許可を……ありがとう、ございます」 「……は?」 「許可を得るまで、話すなと……」 桃春の口からは、青年にしてはやや高めの声が漏れ出てきた。 声量はあまりにも小さく、声もかなり掠れている。 長らく声を発していなかったのだろうか、と思わず翠は眉を下げた。 「以前の主人から、そう言われたのか?」 「はい」 「……ここでは以前までの主人の命令のことは一切忘れろ。話すのも、自由にしていい」 「……ありがとうございます」 何の感情も乗らない、平坦な感謝の言葉に藍はまた舌打ちをする。 「翠、悪いが桃春を父のところに連れて行ってくれないか」 「……分かった。父さんと秘書さんにお願いしてくるね」 翠は行こっか!と努めて明るく振る舞い、桃春の背を押して部屋から出た。 藍はドアが閉まったことを確認すると、大きなため息をついてズルズルと椅子に沈み込む。 「何処を渡り歩いたら話すことにすら許可がいる世界に辿り着くんだよ……」 藍は頭を抱え、そう独り言を漏らした。

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