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第8話

で、気づいたら朝だったわ。オーロ君はいなかった。そりゃそうよね、もう出勤の時間だし。 起こしなさいよあのおブス! 集合住宅の管理人さんに電話を借りてギルドに連絡すれば、体調不良で出勤の途中で帰ったって言ってた、ですって。オーロ君が。 午後から出勤するって言えばゆっくりしてていいって何故か慌ててたけど行ってやったわ。家にいると昨日のこと思い出して落ち着かなかったもの。 仕事場のドアを開けたら何やらみんな集まって話してたけど、慌てて散っていったわ。中心にはオーロ君がいた。なんだったのかしら。 オーロ君はなんだかよそよそしくて、他の職員とよく喋ってた。今までアタシにべったりだったのね。全然気づかなかった。 で、一回ヤッたらもう用無しってわけね。いい度胸してるじゃない。 やっぱりあのままサボっておけばよかった。仕事になんないからなんかまた集まってるのを無視して定時で帰ってやったわ。 いつもみたいに『苔庭のイタチ亭』に行く気にもなれなかった。スカイ君の前で色々やらかしちゃったし。 ちょっと早いけど『ミモザ』に出勤したわ。 あら、なんで鍵がかかっているのかしら。ここキャスト用の裏口よね?ママはもう出勤してるはずなのに。ガチャガチャ揺すっても鍵は開かなかったから、 「誰かいないの?」 て声を張り上げてもうんともすんとも言わなかった。 「あーーー!こんなとこにおった!」 振り返れば黒い毛皮のコートを着たカモミールがいたわ。 「アンタ何しとんねん!早よ行かんと!」 アタシの腕を掴んでグイグイ引いてくる。 「ちょっ・・・行くってどこによ」 「ハア?!『苔庭のイタチ亭』に決まっとるやろ!」 カモミールに手を引っ張られながらお店のレトロな木の扉を潜ったら、オーロ君がいたわ。 『ミモザ』のママや従業員や、同じ部署のギルドの職員まで。 え、ちょっとこれどういうことよ。 カモミールに背中を押されて足を縺れさせながら前に出れば、オーロ君は、アタシのところまで歩み寄ってきた。 それから、跪いてアタシの手を取ってくる。 「シルキーさん、好きです、結婚してください」 真っ直ぐにアタシを見て、真っ直ぐな言葉で想いを伝えてきた。 「ア、アンタ、バッカじゃないの・・・?」 サプライズが地雷な人間だっているんだからね! それにこんなみんなの前で。公開処刑じゃないのよ。ダメだったらどうする気だったのかしら。 なによりアタシみたいなドMで擦れたオカマにプロポーズするとかどうかしてんじゃないの? なのに、目からボロボロ涙が溢れて止まらなかったわコンチキショー! だって、だってみんな口ばっかりだったもの。 結婚しようって言ってても、しばらくしたら他に好きな子ができたとか、自分には勿体ないからとか、聞こえのいいこと言って自分が悪者にならないようにアタシを突き放したわ。 オカマはいらん!ってのが見え見えだったわよ。 オーロ君みたいに馬鹿正直ぶつかってくるバカも、何が何でも掻っ攫ってやろうなんて物好きもいやしなかった。 「アンタって、ホント・・・」 あーもう絶対目がパンダの獣人みたいになってるわよ見たことないけど! 「一人前になってから、とも思ったんですけど、我慢できなくて」 「ホントよね甲斐性無しの癖に」 鼻水まで出てきそうよ。どうしてくれようかしら。 「じゃあ一人前になったら結婚してくれるんですか?」 「だからなんで・・・もう!レディを待たせたら承知しないわよ、このおブス!」 オーロ君に抱きつけば、わっと歓声が上がったわ。 まあそこからは宴会に突入したわね。ホントにダメだったらどうするつもりだったのかしら。 オーロ君は 「シルキーさんを説得してもらうつもりでした」 ですって。みんなアタシとオーロ君が早くくっつかないかヤキモキしていたみたいね。それでヒソヒソが増えたわけね。アンタら暇か。 あら、スカイ君達が何か揉めてるわね。スカイ君は 「ホントに俺でいいのかよ」 って従業員の子達に言いながら歩いてくるわ。 「えっと、これ、店からのお祝いです。 おめでとうございます」 スカイ君は、照れ臭そうに花束とシャンパンの瓶を渡してくれた。もう胸がいっぱいになっちゃって花束に顔を埋めてまたポロポロ涙を零してた。 「あースカイが泣かせたぁ」 ノエリオ君がいつものお返しとばかりに焦るスカイ君とじゃれていたわ。 ギルドのみんなや『ミモザ』の子達はよかったね、って言ってくれて、ママはもらい泣きしてて、カモミールは「またウチだけ独り身やないか裏切り者!」って言いながらもちょっと涙ぐんでた。 なんかもう夢見てるんじゃないかしら。 幸せな夢をーーー 翌日からはホントに夢だったんじゃないかしらってくらいいつも通りだったわ。 ギルドに出勤して、オーロ君と仕事して、『ミモザ』に行って。 でも、週末はオーロ君が泊まりに来るようになった。もう少ししたら一緒に住むようになったわ。 そんなふうにちょっとずつ変わっていって、とうとうその日がきたの。

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