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第3話

 黒服のウエイターが「春陽くん、8番テーブルお願いします」と言って膝を毛足の長い絨毯に付けた。マーブル模様のグレーの絨毯だ。掃除が大変だろうなと誠也は思う。ウエイターは5時くらいに来て掃除や買い出しなんかに行っていると聞いているが、キャストよりは時給も安いし、過酷な労働条件だ。 「8番テーブル、ご指名です」  指名が入ったのか。誠也は「言っておいで」と春陽の髪を撫でる。仕方ない。この子はダークエンジェルでナンバーワンだ。独占なんか出来ないし、好きな男の子が人気があるのは複雑だが嬉しい。でも、この店は教育がなってない。普通は指名客がいる前で他に指名で呼ばれることは言わない。客同士が喧嘩にでもなったらいけないからだ。 「ちょっと、行ってくるね、誠也くん」 「ああ、飲み過ぎんなよ」  誠也はにっこり笑って片手をあげる。代わりにこの店に入ったばかりの黒髪の地味な子が椅子に座った。20歳くらいだろう。ニキビの痕が少しある。 「君はヘネシー飲める?」 「はい、頂いていいんですか?」 「ああ、でも強いお酒だからな。君の仕事がおろそかになったらいけない。カクテルが良かったらカクテルでもいいんだよ」  誠也はホストの仕事だけではなく昼間は建築会社で設計士をやっている。まだ大学を出て勤め始めたばかりだから、大きな建物の設計はしていないが、それでも普通の23歳よりは高月給だと思う。それにホストクラブで働いているんだからそこそこの収入はある。こんなところに来てケチケチするような輩にはなりたくない。 「じゃあ、カクテルにします。ボトル、もうすぐ空きそうですもんね。ニューボトルは春陽くんに入れて貰わないと……。ジントニックを頂いていいですか?」 「ああ、好きなもんを飲んでくれよ」

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