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2 底辺ホモ

 翌朝、学校へ行ったら、黒板に大きく相合い傘が描かれていた。  右側に倉持(くらもち)(けい)。左側に吉野(よしの)(なぎさ)。  相合い傘の横には、『←底辺ホモ』と書かれている。  真っ赤になりながら急いで消し、窓際の1番後ろの自席に座って、突っ伏した。  その様子を見て、何人かがゲラゲラ笑っている。  昨日来ていたひとたちじゃないから、ひと晩ですぐに噂が広がってしまったんだと分かった。  10分ほどしたところで、吉野くんが入ってきた。 「ガチホモの吉野くーんおはよー」  わざとらしく声をかけられるけど、当然何も返事をせず、中央の列の1番前に座る。  チャイムが鳴った。  先生が入ってきたところで、俺の目の前の席のひとが、手を挙げた。 「せんせー。視力落ちたみたいで黒板見えないんで、吉野くんの席と代わってもらっていいっすかー?」  ギョッとした。絶対仕組まれてる。  クラスのみんなが声を殺して笑っていて、でも先生はすぐに了承して、その場で席を交換させた。  吉野くんが、目の前の席に移動してくる。  何か声をかけたほうがいいかなと思ったけど、言うことが見つからなかったので、そのまま先生の話を聞き始めた。  昼前の授業の終わりかけに、スマホが震えた。  俺に連絡を寄越すのは、家族かいじめに関わっているひとたちだけだ。  そっと開くと、澤村くんからで、絶望的なことが書いてあった。 [今日から毎日、飯ふたりで食って。あと先公いない時、1日1回教室でキス。無理なら親のクレジットカード取ってこい。それも無理なら吉野から金もらうけど]  チャイムが鳴った。  そっと澤村くんを盗み見ると、仏頂面で席を立ち、スクールバッグから財布を取り出していた――ルイ・ヴィトンだ。  周りに、取り巻きが寄ってくる。  俺は、吉野くんに小さく声をかけた。 「あの……吉野くん」  黙って振り返る。俺は、おそるおそるスマホを見せた。  吉野くんは文面を一読したあと、周りをざっと見回し、俺の左肩に手を乗せたと思ったら、素早くキスしてきた。 「うわっ!」 「キッモ!」  見ていた何人かが、大声を上げた。  桜井くんが、ニヤニヤしながら声を上げたひとたちに尋ねる。 「どーしたのー?」 「やべえ、底辺ホモがキスしてた」 「飯前に気色悪いもん見たあ、うえぇ」  そう言いながら、爆笑している。  消え入るような声で、吉野くんに謝った。 「ごめん……」  でも吉野くんは、こちらを見もせずに、俺の机の上にお弁当箱を開けて、黙って食べ始めた。  俺も(なら)って、黙々と食べる。  何を考えているんだろう。  どうして何も言わないんだろう。  状況はどう考えても生き地獄。すると、またスマホが震えた。 [たばこ部屋]  また今日もやらされるんだ、あれを。  放課後、たばこ部屋に行くと、既に10人くらいが集まっていた。  吉野くんもソファに座っていて、一瞬だけ目が合った。 「んじゃあ、始めんぞ。やれ」  ズボンを握りしめ、目をぎゅっと閉じる。  身を縮こまらせていると、ふにっと唇が押しつけられた。でも。 「それじゃねえだろ」  澤村くんの冷たい一言。  吉野くんは、俺の両肩に手を置いて、昨日みたいに、舌を割り込ませてきた。  相手ばっかりにさせていては申し訳ない。  俺も吉野くんのワイシャツの裾あたりをちょっと掴んで、ぎこちなく吉野くんの舌を追いかけてみる。 「うわー倉持感じちゃってんじゃん」 「あははは、超キモいわー」  お金払って見にきてるくせに。  さらに固く目をつぶり、眉間にしわを寄せながら、舌を動かす。  吉野くんだけがからかわれないように……。 「はい、そこまで」  澤村くんの一言で、吉野くんはすっと離れた。  俺も手を離して、あごを引く。  すると澤村くんは、信じられないことを言った。 「吉野、倉持の抜け」 「えっ……?」  思わず聞き返してしまった。抜く? って、まさか?  ギャラリーは、キモいの大合唱。 「見たくねえんなら200円払って出てけ。見んならこっからはプラス500円」  低い声でつぶやいたけど、ぎゃーぎゃーはしゃくだけで、誰も出て行かなかった。

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