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 帰りに吉野くんに連絡先を教えてもらった。  登下校も一緒にしろという命令で、家を聞いたら、電車は反対方向だった。  そういうわけで、行きも帰りも、最寄駅で待ち合わせをして、そこから学校まで、手を繋いで登下校することになる。  きっと、このことを知っているひとたちは全力でからかうだろうし、事情を知らないひとから見たら、完全に俺たちが好きでそうしているみたいに見える。  帰り道、校門を過ぎたところで、俺から手を繋いだ。 「あの……本当にごめんね」  謝っても謝りきれない。  何も言ってくれないかも知れないけど、それはそれで仕方がない。  ただ黙って手を繋いでいればいい……と思っていたら、吉野くんが、すごく小さなかすれ声で言った。 「場面緘黙(かんもく)症」 「え?」 「特定の場所で、言葉が一切出なくなる。小さい頃から、幼稚園とか学校でだけ、なぜか声が出ない。敷地から出るとちょっとマシ。あと、なぜかあんたにだけは学校でも声が出た。正直、自分でも本当にびっくりしてる」  そう言って吉野くんは、ちょっと繋いでいた手を、きゅっと力を込めて握った。 「しゃべらないんじゃなくて、しゃべれないの?」  こくりとうなずく。 「他人と話したくないとかじゃなくて。本当に、声が出ない」  そんな病気? があるなんて、知らなかった。  ひとりでいるのが好きとか、他人に興味がないとか、そういうタイプのひとなのかなと思っていたけど……。 「あの。俺には話せるなら、その、休み時間とかに話して? もちろん無理しなくていいけど……命令的に、俺からくっついたりしなきゃいけないらしいし。もし、ちょっとでも声が出るなら」 「うん」  ぽつっとつぶやいた。  でも表情はなくて、これも症状なのか、ずっとしゃべってないからそうなっちゃってるのか、それは判断がつかなかった。  朝は駅で待ち合わせをして、命令通り、手を繋いで登校した。  サラリーマンとか大人のひとたちはチラチラ見てくるし、学校のひとも、『うわあ』って感じだ。 「よーよーよー、底辺ホモさん。おはよー」  後ろから声をかけてきたのは、桜井くんだ。 「あ……おはよう、ございます」 「いやー、早速イチャついてんなー。ま、フェラする仲だもんな? あはは、じゃ、またあとで」  俺の背中をバンと叩いて、走っていってしまう。  思わずうつむくと、吉野くんが俺の頭をさらっとなでた。  ハッとして顔を上げる。 「ご、ごめん。気遣わせちゃって。そういうの、いいよ。俺がしなきゃいけない立場だから」  そう言って、少しだけ吉野くんの肩に顔を寄せる。  申し訳なく思いながら歩いていくと、校門の前に立つ先生を見つけて、手を離した。  ノルマのキスは、なるべく見ているひとが少なそうな場面にしようと思って、移動教室の前に、俺からした。  吉野くんは微動だにせず、ただ俺の顔を見ている。  昨日は、俺にだけは声を出せると言っていたけど、基本的にはやっぱり、学校では話せないのかなと思った。 「うわ、見た?」 「気持ち悪っ」  近くにいたクラスメイトが、虫ケラを見るみたいな目で、吐き捨てる。  辛くて、泣きたくなる。  でも、俺が逃げたり泣いたり変なそぶりを見せたら、吉野くんが乱暴されるかも知れない。  松田くんが監視するようにこちらを見ていたので、俺から抱きついて、吉野くんの鎖骨のあたりに顔を押し付けた。

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