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 吉野くんは呼吸を整えたあと、ズルリと引き抜き、コンドームの上を縛って地面に放り投げた。  白濁の液が入ったものがべちゃっと地面に落ちて、吉野くんはそれを見もせずに、ソファの背もたれに顔を乗せてうずくまった。  澤村くんは、落ちたコンドームを遠目に見て、吉野くんがちゃんとイッたと確認したらしい。 「はい、終わり。合計2,000円ですが、桜井、金もらう前に全員のチンコ触って確認しろ。勃ってる奴いたらプラス500円な」  ギャラリーの一部がギクッとしている。  そっか……男子校だもんな。  不良でも、目の前でセックスされたら、男相手に勃ったりするのかも。  キモイキモイと言いながら。  3人はとんだボロ儲けだな……と、他人事のように考えながら起き上がって、自分の液で汚れたワイシャツを脱ぎ、吉野くんの背中をさすった。 「ごめんね」  吉野くんは何も言わず、背もたれに突っ伏している。 「はい、プラス500円ねー」  桜井くんの楽しそうな声が聞こえる。  あんなにみんな、からかってきたくせに。   「吉野くん……俺、教室から体操着取ってくるね。ちょっとひとりになっちゃうけど、いいかな」  そっと声をかけると、吉野くんはちょっと振り向いて、ふるふると首を横に振った。 「旧校舎(ここ)から教室まで、上半身裸でとか無理だよ。オレ取ってくるから」  だるそうに身を起こした吉野くんは、俺のワイシャツを掴んで、よろよろと外へ出て行った。  松田くんが、ふっと笑って言う。 「健気だね」  何も言えなくて、うつむく。  5分ほど経って戻ってきた吉野くんは、体操着と、ビニール袋に入ったワイシャツを渡してくれた――水道で洗い流してくれたのだろう。 「じゃ、また今度」  たばこをふかす澤村くんが、真顔で手を振る。  お金を数える桜井くんは楽しそうに鼻歌を歌っていて、松田くんはソファを壁際に寄せていた。  ……今度?  毎日させられていたけど、明日はないのか?  吉野くんと手を繋いで、古ぼけた廊下を歩く。 「ごめんね。汚いし、気持ち悪かったよね」  黙って首を横に振る。 「俺は逃げるつもりないけど……吉野くんが酷い目に遭ったら困るし。でも、吉野くんは逃げてもいいよ。元はと言えば標的は俺だったんだから、付き合ってもらう義理がない」  ボソボソと告げたら、ぎゅうっと手を握られた。  そのまま階段を降りて、裏口からこそっと出る。  校門を抜けてしばらくしたところで、吉野くんがぽつりと言った。 「あんたが回されるとこなんか想像したくない」 「しなくていい想像でしょ? 吉野くんは関係ないもん」 「あの人数相手にしたら死んじゃうよ」  何も言えなくなってしまう。  吉野くんは、はあっとため息をついて、足元をぼんやり眺めた。 「オレ、初めてできた。友達。こんな最低な形だけど。友達って思っちゃダメ?」  びっくりして、言葉を失う。  こんな壮絶ないじめに巻き込んでしまったのに、そんなことを言われるなんて、思いもしなかったから。 「えっと……吉野くんがそれでいいなら。うん、俺も、吉野くんと友達になりたい。命令されてる時はあんなので申し訳ないけど、そうじゃない時は、普通に」  吉野くんは、ほんの少し目を細めてこちらを見た。 「……気持ち良かったのって、ほんと?」 「えっ?」  唐突な質問、しかも、すごく答えづらい。  でも、せっかく友達になれたのだし、そこで隠したりごまかしたりするのはどうかと思って、正直に言ってみた。 「えっと……うん。気持ち良かった。その、中も。こういうことしたことないし、免疫なくてごめん」  慌てて謝ると、吉野くんは、不安そうに聞いた。 「慧って呼んでいい?」 「え? うん、いいけど」  話しがあちこちに飛んで、よく分からない。  すると吉野くんは、俺の手をぐっと引いて抱き寄せた。 「オレも、慧の中気持ち良くて。回されるとか、他人に取られるのやだな」 「取られ……」  それってなんか、まるで。 「吉野くん……いま、何考えてる?」  彼は少し黙ったあと、ぽつぽつと語り出した。 「友達っていうのは、ごめん、うそ。こんな状況なのに、慧のこと好きになりそうになってる。ほんとに、他人としゃべれたの久しぶりで。慧は、しゃべれないオレのことかばおうとしてくれて、優しい。それに、無理やりだけどああいうことして、気持ちよさそうな声で何回も名前呼ばれて……とか。ごめん」  謝られてしまった。  全然、謝ることじゃないのに。  それに、俺だって。 「謝んないで。俺も、なんだろ……吉野くんは本当は嫌な状況なはずなのに、俺のこといっぱい考えてしてくれるから。俺、誰かに優しく接してもらえたことなんてほとんどないし。ちょっと、甘えたくなったりも、した。正直」  言いながら、心臓がドキドキしてくる。  さらにぎゅうっと抱きしめられて、俺も、吉野くんの背中に手を回した。 「好きって思っちゃっていい?」  ダイレクトに聞かれて、困ってしまった。 「うん。けど、こんな状況でいいの?」 「……どんな状況でも、どのみちオレ、慧としかしゃべれないし」  俺だって同じだ。  いじめられて、誰も助けてくれなくて、ずっとひとりで。  真っ暗だった世界に、こんな異常な形ではあるけれど、吉野くんが舞い降りてきてくれた。 「吉野くん、好きって思って。俺もおんなじ」 「うん」  触れるだけのキスをしてくれた。

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