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4 流行

 そこから1週間、俺たちは何もさせられなかった。  そして俺たちは、『先生がいる時以外は手を繋いでいろ』という命令を、ほんの少し心地よく感じていた。  相変わらず吉野くんはしゃべらないけれど、それでも一緒にいるのは楽しい。  それに、くっついたりキスしたりしていて、周りに『気持ち悪い』みたいな陰口を言われても、あまり気にならない。  というのは、俺たちが誰の命令でこうさせられているのかをみんな知っているので、想像よりは、このことでいじめられたりはしないからだ――下手に関わって澤村くんたちの機嫌を損ねる方が危ないのだろう。  一方で、良くない噂を耳にした。  澤村くんたちがめちゃくちゃ儲かってると知ったひとたちが、他のいじめられっこを使って『底辺ホモ』をさせ始めたらしい。  1週間なんともないのは、たばこ部屋を別のひとたちが使っているのかも知れない。  中でも酷いのは3年生で、澤村くんたちは絶対に写真や動画を撮らせないけど、先輩たちは、ムービーに撮って高い値段で売ったりしているらしい。  松田くんが『足つくようなことして、バカの極み』と言いながら桜井くんと話しているのを聞いた。 「おーい、底辺ホモー」  ふたりでお弁当を食べていたら、桜井くんに呼ばれた。 「澤村が、たばこ部屋来いって」 「はい」  ぽつっと答えたら、彼はニヤニヤしながら言った。 「何、うれしそうじゃん。久々にエッチできるって?」 「いえ……うれしくない、です。けど、言われたら行きます」  うれしいはずはない。あんな見せ物になって、人権みたいなものはまるで無視で。  でも、前ほど絶望的でもない。  ひとりで苦しむわけじゃないから。  桜井くんが教室の外へ行ったのを見届けたあと、そっと吉野くんに耳打ちした。 「うれしくない、って言うの、見られるのがうれしくないってだけだからね。吉野くんが嫌なわけじゃないよ」 「分かってる」  するっと頬をなでられた。  地獄みたいな日々を我慢して過ごしているので、このくらいの小さな幸せは噛み締めても良しとして欲しい。  そう思うのだけど、やっぱりいじめられる側の人間には宿命みたいなものがあって、1番強いひとがいじめないときは、2番目に強いひとがいじめてくる。  お弁当を食べ終えて、机の上でなんとなく手を繋いでいたら、急にいすを蹴られた。 「視界に入ってキモいことしてんじゃねーよ」  あざ笑う感じというよりは、結構本気でイラついているようだった。 「すいません……」  すぐに立って、教室の隅へ移動する。  後ろのロッカーのところで縮こまって手を繋いでいたら、丸めた紙を投げつけられた。 「キモいっつってんだろ」  3人がいないときだけこんな風にしてくるなんて……と思うけど、でもまあ、基本的にこの掃き溜め校にいるのは、そんなレベルの人間だけだ。  自分も含めて。  いまこのひとたちの言うことを聞いて手を離すのと、そのあと澤村くんたちに見つかって酷い目に遭わされるのと、どっちがマシかと天秤にかけたら、自ずと答えは決まる。  次々投げられてくるものを、吉野くんと抱き合って、目をつぶって耐えた。  少し背を向けて俺を隠すようにかばってくれる彼だけが、この生活の救いだ。

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