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 目を覚ますと、清潔な天井だった。見慣れた……そうだ、松田くんの家だ。  体を起こそうとしたけど全然力が入らなくて、そのまま長く息を吐いた。 「あ、慧が目覚ました! 大丈夫か?」  のぞき込んでくるのは桜井くん。  左手を握られたのでゆるっと頭を向けたら、心配そうに眉間にしわを寄せる吉野くんだった。  何か言おうとするけど、うまく声が出ない。  あきらめて目を閉じる。  おでこにひやっとしたものが当たって、目を開けたら、澤村くんが水のペットボトルを当ててくれていた。  少し視界がクリアになり、誰に聞くともなしに聞いた。 「どうなっちゃった、んですか……」 「半殺しにしたよ。よかった、君らのスマホに監視アプリ入れといて。ホテルが警察呼ぼうとしてたけど、あちらさんが示談金を出すことになって、うちの親も動いてくれるみたいだし、完全にもみ消してもらえそうです。ただし、俺たちは親にこっぴどく叱られました」  そう言って松田くんは肩をすくめる。 「すみません。ごめんなさい」  謝りながら、ぽろっと涙をこぼした。  寝転がったまま、何があったのかを話した。  逃げている最中に呼び止められたこと。  相手に『ホテルなら身を隠せる』『修二くんたちとはすぐに連絡が取れる』と言われて、ついて行ってしまったこと。  殴られて脅されて、無理やり裸にさせられたこと。  聞いたら、吉野くんは服を着たままだけどやはり縛られていて、抵抗ができないまま長い時間口を犯されていたらしい。 「どーしよっかー。こいつら使って金儲けはもう無理だなー。リスキーすぎ」  桜井くんが、だるそうな目でこちらを見る。 「かと言って、放牧したら他のチームの財源になっちゃうからね。敵に塩送ってどうするんだって感じだし。澤村、どう思う?」  松田くんに聞かれて、澤村くんはたばこを灰皿にねじこみながら言った。 「いままで通り飼ってればいいだろ。ヤらせる以外にも使い道なんていくらでもある」  ……見せ物解放?  しかも、他の不良に取られないように、いままで通り守ってくれる?  松田くんが、うんうんとうなずいた。 「そうだね。他のチームの解体に使いたいし、まあ、ほんと、希少性高いからねふたりは。コスト掛けてでも飼っておく価値はあるよ」 「あとなんか、癒しマスコット的になー?」  桜井くんがにひひと笑いながら、俺の頬をつついた。 「とりあえずなんだ……ザコ相手に目離して悪かったな。なぶり殺されたりしてなくて良かった」  澤村くんに謝られる日が来るなんて思わなくてびっくりしてしまったけど、彼が謝るくらいなのだと考えると、悪趣味なひとたちは本当に何をするか分からないんだなと思った。  吉野くんがおでこをさらさらとなでてくれたので、無理やり体を起こした。  身体中だるくて、吉野くんにもたれかかる。  ぎゅっと抱きしめてくれる感触が心地よくて、またじわじわと、目に涙が溜まってきた。 「たばこ切れた。買ってくる」 「オレうんこー」 「ちょっと、親と今後のこと話してくるね」  3人が、席を外してくれた。 「吉野くん、吉野くん。ごめんね」 「謝らないで。助けられなくてごめん。あんなもので無理やりされて、苦しかったよね」 「吉野くんも、知らないおじさんのなんか……気持ち悪かった、でしょ」  思い出したくもない顔が浮かんで、ぎゅうっと抱きつく。  助けてもらおうなんて思った自分がバカだった。  どちらともなく、キスをする。  ちゅ、ちゅ、と角度を変えて何度も口づけて、頭をなでてもらって。 「ん、吉野くん。好き」 「慧。もう絶対離さないから。ごめんね」  かすれ声で呼ばれて、ドキドキして、首筋に顔を埋める。 「好きだよ。慧。ずっとね」 「ん……」  しばらくそうやって、黙って抱き合っていたら、ドアのすきまから「さすがにもううんこ出ねーよー」という、のんきな声が聞こえた。  しまった。気を遣わせて申し訳ない。  慌てて飛びのいたら、大笑いされた。

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