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9 人権が地に落ちる
学校では、3人はさらに厳しく俺たちを監視して、飼うようになった。
……と言っても、休み時間や移動教室の間も、絶対に3人のうちの誰かと離れない、というルールができただけで、基本的にはのびのび暮らしている。
3人も俺たちがいるのが当たり前みたいになっていて、いままで散々キモいとか言ってきたクラスメイトたちは……なんか、うらやましそうに見ているひとが増えたような気がする。
「慧、この漫画おもしれーよ」
「読んでいいんですか?」
「とりあえずこの笑いを共有しよーぜ。どーせ尚ちゃんに見せても鼻で笑われる系だからさー」
吉野くんは相変わらずしゃべらないけど、松田くんがポーカーにハマっているらしく、昼になると静かな真剣勝負が始まる。
「おい、松田。お前の予言、当たったらしいぞ」
澤村くんが、スマホに目を落としたままつぶやいた。
呼ばれて振り向いた松田くんは、見せられたスマホの画面をじっと見たあと、「ふーん」と言ってほんの少し笑った。
「なになに」
身を乗り出して画面をのぞき込む桜井くん。
ちょいちょいと手招きされたので俺ものぞいたら、LINEに動画が添付されていて、隣のクラスのイカツイ不良ふたりが写っていた。
旧校舎のトイレ。立ちバックで情事にふける。
「家でやれよって感じだよなー。我慢できないとか猿かよ」
ゲラゲラ笑う桜井くんに、松田くんが軽くげんこつを入れる。
「渚と慧の功績だろうが」
どういうことか分からず頭にはてなマークを浮かべていたら、松田くんが説明してくれて……めちゃくちゃ恥ずかしかった。
要するに、俺と吉野くんが常に目立つところで甘々にイチャついていると、隠れゲイカップルが反応するということらしい。
いままで散々セックスシーンを見せてきた俺たちのキスは、『普通にしててもなんかエロい』とのこと。
「……だから、既にそういう関係にある奴らにとっては、君らのキスは見てるとムラムラしてしょうがなくなる要素なわけ。で、我慢できなくて学校でヤっちゃう、と。あぶり出し成功。おめでとう」
パチパチと小さく拍手されても、全然うれしくない。恥ずかしすぎる。
「澤村、どうするー?」
「別に俺たちが何かしなくても、勝手に自滅するだろ」
やる気のない声で、冷たく言い放つ。
と、廊下の外でものすごい音がした。
バケツか何かが転がる甲高 い音と、ドアに重たい何かがぶつかる音。
「キメエんだよギャハハハハハ!」
後ろの扉のすきまから見えたのは、信じられない光景だった。
昨日まで何人ものひとを従えていた不良が、地面に転がっている――先ほどの動画のふたりだ。
教室から出てきた大人数に爆笑されながら蹴られて、ほぼリンチ。
ふたりはうずくまって頭を守るだけで、反撃もできない。
「あいつら権力振りかざしすぎてたから、下についてた奴らはストレス溜まってたんだろうね。最高の弱みを見つけて下克上。分裂必至かな」
「ほら、いまヤれよ!」
数人がかりでおさえつけて、無理やりズボンを下ろしている。
見ているのが辛くなって目を背けたけど、怒られなかった。
ほどなくして、喘ぎ声が聞こえてきた。
吉野くんに抱きつくと、そっと耳を押さえてくれたので、そのまま首筋に顔を埋めた。
野次馬はどんどん増えているようだ。
無理やり叫ばされているらしいふたりは、「キモチイイ」と大声で連呼していて、からかう声のなかには、かつて『底辺ホモ』としていじめられていたひとたちの声も混じっていた。
不良の力関係に絶対はないんだ。
ということは、この3人だって、急に転落することもあるかも知れないし、俺たちを飼うのに飽きて捨てられるかも知れない。
というか、あぶり出し成功……ということは、俺たちは用済みということでもうお役御免になるかも知れない。
そしたらどうなるのだろうか。
「ぁああっ! 気持ちいいッ! ああ……っ!」
「うえーマジ気色悪ィー!」
水をぶっかけられながら廊下で公開セックス。
地獄だと思う。
「やべ、先公きたぞ!」
誰かが叫んで、蜘蛛の子を散らしたようにみんなが教室に駆け込む。
廊下に残されたのは、怪我だらけの全裸で結合したままのふたり。
派手な髪色、耳には大量のピアスがついたふたりが挿入したままうなだれているのを見て、駆けつけた先生たちが絶句していた。
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