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 数日経って、不良界隈に新たな動きがあった。  チーム同士が、ライバルの上層部にゲイカップルがいないかと、探り合いを始めたらしい。  松田くんは、ちゃんとここまで見越していたそうだ。  なぜみんながそんなことを始めたかというと、理由は単純で、あのふたりが揃って自主退学したため、ホモ認定されれば人権が地に落ちることが証明されたからだ。  そして、さらにもうひとつ見越していた松田くん。 「いつか絶対言ってくると思ったんだよね」  流れてきたLINEを、バカバカしいものを見る目で眺めていた。  桜井くんが松田くんに抱きついている。  見慣れた光景だ。 「何をいまさらって感じだよなー」  桜井くんは、興味がなさそうに漫画雑誌をめくりながら、アイスを食べている。 「涼介がこういうめんどくさい絡み方をやめれば済む話だろうが」 「むり」 「はあ?」 「長年染み付いた習慣はなおりませーん」  聞けば、ふたりは保育園からずっと一緒にいるらしい。  そして不良のトップを走り続けていて、この学校で澤村くんと出会って、絶対権力としていまに至る……とのこと。  当たり前だけど、別に付き合ってはいない。  松田くんは、眼鏡を拭きながら言った。 「しばらく接触禁止な」 「へいへーい」  と、ここまで黙って聞いていた澤村くんが、急に噴き出した。 「ブフッ……お前ら、幼なじみホモ疑惑で失脚すんのか。ご愁傷様、達者でな」  澤村くんが笑うところなんて、お酒の場でしか見たことがない。  ましてや、学校の休み時間なんて。  周りもギョッとして見ている。 「え? そんなの殴っちまえばいー……」  と桜井くんが言いかけた瞬間、あまり見たことがない不良が10人くらい駆け込んできた。  既に爆笑している――これが『弱みを握って下克上』というやつか。 「おいホモ。いままで散々でけえツラしてくれたじゃねえか!」 「は?」  松田くんがゆらっと立ち上がる。  澤村くんは、俺と吉野くんの首根っこを掴んで、教室の端に移動した。   「写真出回ってんぞー」  大笑いする不良と、眉間にしわを寄せて見据える松田くん。  そして、薄ら寒い目でアイスを食べていた桜井くんが立ち上がると、のんきな声で言った。 「だからー、こんなの殴っちまえば早いんだって」  と言うが早いか、桜井くんは松田くん目がけてアイスを投げつけ、思いっきりその横っ面を殴った。 ――ガシャーンッ  机といすを何脚も巻き込んで、松田くんがぶっ飛ばされる。 「ってめえ、やりやがったな!」  松田くんが、桜井くんの顔面に向かってハイキック。  顔はかわしたけど肩にモロに当たって、盛大に転げた。 「痛ってーなー! 今日こそ死ね!」 「死ぬのはてめえだクソが!」  取っ組み合いの喧嘩を始める。  呆然と見つめる不良たちと、困惑するクラスメイト。  俺があわあわとしながら澤村くんを見たら、黙って首を横に振った。  拳も蹴りもフルスイングだし、桜井くんがいすを掴んで松田くんの頭に向かって振り下ろしたと思ったら、松田くんは桜井くんの後頭部を押さえて机に叩きつけようとしていて……要するに、本気の殺し合いだ。  もし恋愛的に付き合ってたら、絶対こんなことできないと思う。  眼鏡が割れたところで完全にキレたらしい松田くんは、怒りの矛先を乗り込んできた不良たちに向けた。 「てめえらのせいで眼鏡割れたじゃねえか100万出せコラァッ!」  滅多に大声など上げない松田くんの咆哮(ほうこう)。  飽きたらしい澤村くんがふたりにチョップし、ついでに乗り込んできた不良のトップを前蹴りでぶっ飛ばしたところで、カオスになる前に騒ぎは収束した。 「尚ちゃんごめんてばー」 「全部涼介のせいだからな。変な噂が出回ったのも殴り合いになったのも眼鏡が割れたのも」 「だってああいうのは、殴ってスッキリが1番話が早いだろー?」  なだれこんでくる数秒前に桜井くんが言いかけた『殴っちまえばいい』という発言は、言いがかりをつけてくる相手ではなく、松田くんを殴ればいいというトンデモ理論だったらしい。  アイス爆弾をモロに受け、ついでに口の中を切ったらしい松田くんは、とても不機嫌だ。  クラスのひとたちがヒソヒソしているのに、ちょこっと聞き耳を立てる。 『桜井も松田も普段平和だけど、やっぱ喧嘩したらむちゃくちゃ強いのな』 『普通の人間なら首吹っ飛んでたと思う』 『次ホモ疑惑とか出したらそいつ殺されるね』 『てか写真の出所の奴もう特定されてるらしいよ』 『終わったな』  俺も、なんとなく日常が平和すぎて忘れそうになるけど、このひとたちは規格外に怖い不良で、俺と吉野くんは気まぐれで飼われているだけなのだ。  機嫌を損ねたら終わりということを、肝に銘じておかなければならない。  澤村くんがボソッと言った。 「あいつらの信頼は固えよ。本気で殺しにかかっても相手は死なねえって分かってるから、フルスイングできんだ」  なるほど。  両手を合わせて謝り倒す桜井くんと、仏頂面の松田くんをを眺めながら、幼なじみってなんかいいな……と思った。

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