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12 市場価値を高めよ

 澤村くんの知り合いがDJをやるということで、クラブに招待された。  オレンジジュースが入ったプラスチックカップを握りしめて、フロアの端っこで棒立ち。  別に踊るのは好きじゃないという松田くんが横にいて、キャバ嬢だという女の子数人としゃべっている。 「それ、何?」  笑いながら指差された。 「飼ってる」 「へー。パシリとかそういう感じ?」 「いや、何もさせてない。ほんと手元に置いてるだけ」 「なにそれ、何の得になんの?」  小馬鹿にしたように笑われたけど、松田くんはなんてことないように言った。 「これがただの陰キャに見えるキャバ嬢。ロクな客が取れないまま賞味期限切れする未来が見える」  女の子たちは、「ムカつくー」とか言って爆笑しながら、松田くんの肩をバンバンと叩いた。  松田くんは、普段はそんなそぶりを一切見せないけど、実はめちゃくちゃモテるらしい。  そして、後腐れなく一晩さっくり抱いて、あとは知らないという主義だそうだ。  この間びっくりしたのは、なぜ連絡をくれないのかと詰め寄ってきた年上美人に対して、「1回寝たくらいで彼女面するのやめてくれる?」と冷たく言い放って、泣かせたこと。  桜井くんが、尚ちゃんは真性のクズだよと言って笑っていた――そういう桜井くんも、連絡先はセフレでいっぱいらしい。 「あーでも、そっちの子はなんとなく分かる気がする」  ニヤニヤと、値踏みするような目線で見てきた女の子は、吉野くんを指差した。 「飼ってるって、要するにお飾りか見せしめで連れ回してるってことでしょ? 恥ずかしくない程度には綺麗な顔してるよ」  松田くんは、一瞬黙ったあと、ぽつっと言った。 「ペットって、富と余裕の象徴だからね」 「どゆ意味ー?」 「毛並みの良い珍しい犬を散歩させてるひとを見たら、金持ちだなって思うでしょ」  分かりやすい例えに、女の子たちは納得していた。  そして俺も、これで大きな謎がひとつ解けた。  3人は、俺たちが他に取られないよう監視するために、常に行動を共にさせているという。  でもそれなら、学校以外の日は外に出ないように命令すればいいじゃないかと、ずっと思っていた。  取られないように……と言いながら、休みの日にわざわざ呼んで、遊びの場に連れて行く理由は何なのか。  まさにそれが『余裕の象徴』というやつなんだろう。  そんなことを考えていたら、フロアの向こうから、だいぶ酔っ払った桜井くんが歩いてきた。 「コラー、女どもー。気安くうちの渚ちゃんに触るんじゃありませーん」  壁際にたどりついた桜井くんは、吉野くんの腕を引っ張って、ひひひと笑った。  ついでに俺にもちょいちょいと手招きをするので、吉野くんの隣へ行って、そっと手を繋いだ。 「可愛いだろー、うちのマスコット。こーやっていっつもくっついてんだぜ。ぷるぷる震える慧ちゃんがなー、なー?」 「はい」 「渚がいないと生きてけないもんなー?」 「……はい。生きていけないです」  恥ずかしくなってちょっと吉野くんの後ろに隠れたら、女の子たちに爆笑された。 「あー、これは確かにペットだわ。いいの見つけたね。顔面グロくない陰キャでしかもこんな絶対言うこと聞くとか、なかなかいないよ」 「ペットってなー、飼ってみると、ほんとかーわいいんだよなー」  わしゃわしゃとなでられる。  松田くんが、俺たちに対して『見せ物としての稀少価値』という表現をよくするけれど、たしかに、吉野くんみたいなミステリアスな美少年は珍しいし、彼のことを本当に好きでずっとくっついてる俺も、珍妙な生物なんだと思う。    そういう観点で言うと、最初に俺を使ってお金を儲けようとした時に、相手としてとっさに吉野くんを思いついた澤村くんは、変な言い方だけど、商才があったのかも知れない。

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